大阪工業大学 工学部 生命工学科
分子生体機能学研究室
Molecular and Functional Biology Laboratory
Department of Biomedical Engineering, Osaka Institute of Technology

痛みは生理的な警告反応としての機能を担います。一方、慢性痛は痛み自体が身体に有害な病態となります。慢性痛の中でも、神経障害性疼痛は、糖尿病、癌、脊髄損傷に伴い、末梢神経系や中枢神経系の損傷や機能障害によって引き起こされ、本来痛みと感じない「触る」などの刺激が痛みとなるアロディニア(異痛症)が見られます。非ステロイド性抗炎症薬やモルヒネなどの麻薬性鎮痛薬でも著効しない難治性の慢性痛で、第一選択薬には傾眠などの副作用が問題となっています。
私たちは、神経障害性疼痛のメカニズム解明と治療薬の開発、新規疼痛制御分子の探索に取り組んでいます。

神経ペプチドによる疼痛制御メカニズムの解明と鎮痛薬開発


1.神経ペプチド・ノシスタチンによる疼痛抑制

オピオイドペプチドのノシセプチン/オーファニンFQ (N/OFQ)と同じ前駆体タンパク質に存在する神経ペプチドが、髄腔内投与によりN/OFQによって惹起されるアロディニアを抑制することを見出し、ノシスタチン(NST)と名付けました (Nature, 1996)。NST抗体を髄腔内投与すると、N/OFQのアロディニア閾値を低下させることから、内因性にNSTが関与していることが示唆されました。

NSTは、脳室内や髄腔内投与により、アロディニアや炎症性疼痛をはじめとする多くの疼痛に対し抑制作用を示します(Curr. Pharm. Des., 2015(Review))。NSTを基軸とするペプチド誘導体を作製し、副作用が少なく、高活性、持続性、即効性などに優れた疼痛治療薬の開発を行っています。

また、NSTを固定化したナノビーズやNSTのフォトアフィニティーリガンドを用いて、NSTの標的分子同定に取り組んでいます(J. Biol. Chem., 2012; Biochem. Biophys. Res. Commun., 2018)。



2. オピオイドペプチドのアロディニア誘発メカニズム

ノシセプチン/オーファニンFQ(N/OFQ)は、オピオイド受容体と相同性をもつ受容体のリガンドです。N/OFQはオピオイドペプチドのダイノルフィンと類似の構造をもちますが、これまでのオピオイドペプチドが鎮痛作用を示すのとは異なり、投与部位や用量により鎮痛と発痛の両方の作用を示します。

N/OFQ(fmol)をマウス髄腔内に投与すると、アロディニアを誘発することを見出しました(Mol. Brain Res., 1996)。何故、オピオイドペプチドのN/OFQがアロディニアを誘発するのかは不明でした。

私たちは、脊髄切片を用いたex vivoシグナル解析系を確立し、アストロサイトにおいてN/OFQはJNKの活性化によりMCP-1の遊離を介してアロディニアを発症することを明らかにしました(Eur. J. Neurosci., 2016)。脊髄におけるオピオイドペプチドの鎮痛作用は、Gi/oを介したcAMP減少、電位依存性Ca2+チャネルの開口阻害による神経伝達物質の放出抑制、脊髄ニューロンのGタンパク質共役型K+チャネルの活性化による過分極によると考えられている。鎮痛メカニズムとは異なる新たなシグナル経路がアロディニア発症に関与していることが示唆されました。

また、N/OFQによるアロディニア発症に、グルタミン酸受容体NMDA 受容体NR2Aや一酸化窒素の関与や(Neuroscinece, 2000; Eur. J. Neurosci., 2003)、プロスタグランジンE2によるアロディニア発症がN/OFQの遊離を介していること(Eur. J. Neurosci., 2006)も明らかにしています。

エーラス・ダンロス症候群の疼痛メカニズムの解明


エーラス・ダンロス症候群(EDS)は、5000人に1人見られる遺伝性結合組織疾患で、指定難病です。コラーゲン線維やネットワーク形成に関わる遺伝子変異が原因で、14病型に分類されています。皮膚の過伸展、関節過可動、組織の脆弱性が主な症状です。また、EDS患者の90%に疼痛が認められます。病初期は関節過可動、皮膚過伸展、軟部組織損傷の発生部位に限局された疼痛ですが、病気の進行により、局所性のものだけでなく、全身性の疼痛、神経障害性疼痛、筋痛、頭痛、胃腸痛などの慢性疼痛が見られます。「局所性の疼痛がなぜ全身性の慢性疼痛を誘導するのか?」についてのメカニズムは不明です。

テネイシンX (TNX) 遺伝子が原因である類古典型EDSの患者では、慢性の関節痛・筋痛やニューロパチーなどが認められます。TNXは細胞外マトリックスタンパク質で、コラーゲンと結合します。TNX遺伝子(Tnxb)欠損マウスにおいて、有髄神経の応答過敏を介して神経障害性疼痛を誘発することを見出し、EDSの疼痛モデルを世界に先駆けて確立しました(Sci. Rep., 2020; Front. Genet.,2023)。

疼痛制御にかかわる新規分子の同定


Gタンパク質共役型受容体(GPCR)は細胞膜を7回膜貫通する特徴的な構造をしており、細胞膜受容体の中で最大のファミリーを形成しています。ヒトゲノム解析の結果、700〜1000のGPCRが予想されています。半数はにおいの分子を受容し、残り半数のうちリガンドが既知のGPCRは約220であり、約120はリガンドが不明のオーファン受容体です。バイオインフォマティック解析により疼痛に伴って発現制御されるオーファンGPCRの単離を行っています。

マウスのオーファンGPCRの中から、神経系に発現し、神経活動依存性転写因子の制御配列をもつオーファンGPCR32個について、疼痛モデルマウスでの遺伝子発現解析、遺伝子ノックダウンによる疼痛との関連を解析しています。

機械刺激応答機構の解明


生物は体内環境のダイナミックな変動や対外環境の物理的な刺激を受けているます。末梢組織の神経終末には痛みを受容する侵害受容器が存在しており、強い機械刺激に主として反応する高閾値侵害受容器と、化学刺激、温度刺激、機械刺激のいずれに対しても反応するポリモダール受容器が存在しています。これまで、化学刺激や温度刺激を受容する分子は数多く同定されていますが、機械刺激受容に関しては、最近Piezo2が触覚刺激を受容することが報告されたが、他の機械刺激に関しては未だ詳細は明らかにされていません。

私たちは,感覚神経の後根神経節培養細胞において、強い機械刺激により細胞内Caイオンが上昇することを見いだしています。機械刺激受容分子や細胞内のシグナル伝達系の解析により、機械刺激応答機構を明らかにしています。