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Research

インターロック超分子の合成と分子マシン特性の評価

 ロタキサンやカテナンなどの機械的結合によって生じるインターロック超分子は,酸/塩基やアニオンの添加等の化学的又は物理的外部刺激により固有の動的特性を発現するため,分子マシンや分子センサーへの応用が期待されている。これまでに多種類のインターロック超分子が合成されてきたが,今後の応用展開や社会での実用化への実現を見据えたとき,高効率合成の達成やカスタムメイド型分子設計に対応するためには,環状分子や軸状分子などの各分子部品の組み合わせや多様性,分子間相互作用の選択性を向上する必要がある。しかしながら,現在のインターロック超分子合成法では,イオン性分子の利用や,のちに除去の必要な添加物である金属カチオンやハロゲン化物アニオンによるテンプレートの利用が主となっており,インターロック超分子の構造には多くの制限が存在することが問題点となっている。
 その一方で,近年では簡便で高効率なインターロック超分子の合成法開発を目的に,非イオン性分子を部品に利用し,水素結合やπ-π相互作用,疎水性相互作用などの分子間相互作用を用いたインターロック超分子の合成方法が発展している。しかし,アミド,パラコート,ポリエチレングリコール,シクロデキストリンなど数種類に限定されているのが現状である。
 我々は,これまでに利用されてきた分子部品を利用することで既知データを有効利用できる利点を活かして,よりシンプルな合成方法の開発に着目した。そこで,Sauvageが金属カチオンテンプレート法によるインターロック超分子合成に利用してきたフェナントロリン誘導体を分子部品に用いて,テンプレートを不要とする新たな中性有機分子同士のロタキサン合成法を検討した。

①新規擬ロタキサンの創製

 新規機能性ロタキサンの開発を目的として,輪成分と軸成分の新規組み合わせを検討したところ,イソフタルビスアミド型骨格を持つ環状分子と中性のフェナントロリンを軸状分子として用い,水素結合をテンプレートとして捕捉することで安定な擬ロタキサンを形成することを,錯安定度定数およびNMR変化から見出した。この擬ロタキサンに酸/塩基を添加すると,輪抜き/輪通し運動できることを見出した。

Org. Biomol. Chem. 2010, 8, 2408-2413.

 

 その後,この擬ロタキサンの単結晶X線構造解析に成功し,環状分子の内部空間に水素結合やπ-π相互作用などの分子間相互作用により包接されていることを証明した。

Symmetry 2019, 11, 1137.

 

②対称型ロタキサンによるpH応答性分子シャトルの合成

 環状分子と中性フェナントロリン誘導体の水素結合などの分子間相互作用を用いる手法により,効率的に擬ロタキサンを形成し,続いてトリチルアニリンのストッパーを両末端に導入すること(ストッパリング法)により対称型ロタキサンを収率60 %で合成した。このロタキサンに,酸としてTFA(トリフルオロ酢酸)を添加したところ,フェナントロリン部位及びアニリン部位がプロトン化され,環状分子とフェナントロリン間の水素結合が切断することで,環状分子のエチレンオキシド部位がアンモニウムステーションに移動したことを見出した。さらに,そこに塩基としてトリエチルアミンを添加したところ,アンモニウム部位の中和による脱プロトン化に伴って,環状分子が再びフェナントロリンステーションに戻ることがわかった。

Symmetry 2019, 11, 1137.

 

 以上,これまでの研究では,新たな環状分子と軸状分子の組み合わせとしてビスアミド型骨格を持つ環状分子と中性フェナントロリン誘導体を軸状分子として用いて,環状分子の二つのアミド基とフェナントロリンとの水素結合およびπ-π相互作用を利用したロタキサン合成,およびpH応答性分子シャトルの創製に成功した。今後は,多刺激応答性分子シャトリング機能を有する新たなロタキサン合成や,それらの分子認識素子への応用をめざす。

 

大環状ホスト分子の合成と分子認識

 生体系では,有機分子,有機・無機イオンなどの様々な化学種が存在する中で特定の化学種を厳密に識別することによってその生命が維持されている.この生体系において広く見られる分子認識現象としては,酵素反応,遺伝情報の伝達,抗原抗体反応,レセプター反応,イオン輸送などが挙げられる.基質,抗原,薬物,金属イオン,ホルモン,神経伝達物質などを標的ゲストとし,一方,酵素,抗体,レセプター,輸送担体などの生体タンパク質がホストとして作用して特異的なホスト-ゲスト錯体を形成し,さらにこの分子認識過程を鍵段階として,物質の識別,変換,輸送,情報の伝達などの機能が発現する.生体系では,極めて微量のゲストを高感度で識別している点に特徴があり,医学,薬学,農学,工学,理学などの多くの分野において生体内の分子認識現象が注目され,研究対象として取り上げられてきた.その中で,複雑な構造を有する生体分子をそのまま用いるのではなく,特異的な分子認識能を有する新規人工ホスト化合物を開発し,よりシンプルな形で特定の機能の発現を目指す研究が盛んに行われてきている.

①キラルクラウンエーテル誘導体の合成とキラル識別

 我々の研究グループでは,ラリアートエーテルの分子設計において,C-ピボット位に電子供与性側鎖およびメチル基を導入することにより,アルカリ金属イオンに対する錯形成能を飛躍的に向上することを見出している.この結果に基づき,不斉中心であるC-ピボット位へのメチル基導入がキラル識別においても効果的に機能することを期待し,多種類のC2対称キラルクラウンエーテルを分子設計し,合成方法を検討したところ,リパーゼ触媒反応を利用してラセミ混合物から光学分割することに成功した.そのなかで,(R, R)-2,12-ビス(ヒドロキシメチル)-2,12-ジメチル-18-クラウン-6については,その誘導体のKI錯体を用いたX線結晶解析により絶対配置の決定に成功した.

Tetrahedron Lett. 1998, 39, 9493-9496.

 

 また,上記の位置異性体でラセミ混合物であるtrans-2,9-ビス(ヒドロキシメチル)-2,9-ジメチル-18-クラウン-6のリパーゼ触媒アセチル化反応による光学分割や,18-クラウン-6環より小さくクラウン環と側鎖の配位による特異な錯形成が期待できる新規なC2-対称キラル15-クラウン-5型ホスト分子として,ラセミ混合物であるtrans-2,9-ビス(ヒドロキシメチル)-2,9-ジメチル-15-クラウン-5のリパーゼ触媒アセチル化反応による光学分割に成功した.さらにラセミ混合物であるtrans-2,9-ビス(アセトキシメチル)-2,9-ジメチル-15-クラウン-5のリパーゼ触媒加溶媒分解反応に成功した.

 

Tetrahedron 2011, 67, 9298-9304.

 

 上記キラルクラウンエーテルの絶対配置の決定を行うため,絶対配置既知の(S)-2,2,4-トリメチル-1,3-ジオキソラン-4-メタノールをキラルサブユニットとして用い,キラルクラウンエーテルを別途合成し,NMRにおいて,(R)-(+)-1-(1-ナフチル)エチルアミン塩酸塩をシフト試薬として用い,メチルプロトンのシフト変化を比較することにより,18-クラウン-6ジオールラセミ混合物の光学分割後に単離したジアセチル体を加水分解して得られたジオール体の絶対配置を決定した.

Synthesis 2007, 2973-2978.

 

②蛍光クラウンエーテル誘導体の合成と蛍光イオンセンサー

 金属イオンに対して選択的に応答する新規蛍光ホスト分子の開発を目的として,複数のピレニルメチル基を側鎖にもつ新規蛍光応答性モノアザラリアートエーテルを合成した.さらにアルカリ金属,アルカリ土類金属イオンに対するアセトニトリル中での蛍光特性を測定し,構造変化をNMRスペクトルで検討した.その結果から,電子供与性側鎖の鎖長の違いは蛍光発光過程に変化を与え,金属イオン応答性を制御できることがわかった.さらに電子供与性側鎖長が長い1bを用いると,血清と同じ成分比に調製したMg2+,Ca2+,Na+,K+ 各イオン共存下でCa2+を高選択的かつ定量的に検出でき,1bがCa2+センサーとして有用であることを明らかにした.

Chem. Lett. 2011, 40, 1226-1228.