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環境熱力学の体系化

 
熱力学・物理化学は、物質の形態変化とエネルギーとの関係を統合的に取り扱うもので、環境科学の重要な基礎です。個々の局面において、独自に発展してきた歴史があります。
 
● 水溶液での解離とpH(酸・アルカリ)
● 水溶液での電気化学(腐食および電池, Pourbaix 図など)
● 高温下での酸化還元(金属精錬, Ellingam図など)
 
これらのデータを十分に吟味し、同一の計算シートで取り扱えるように整備された熱力学データベースが、1990年代に、完成しました(MALT2、FactSageなど)。
 
これらの熱力学データベースは、計算機能が備わっており、目的とする化学平衡定数や、優勢領域図を、計算してくれます。しかし、誤解なしにこの計算結果を活用するためには、使用する側の熱力学に対する十分な素養が必要です。
 
環境科学では、水溶液と大気を関連づけること、高温で微量な金属元素を相手にすることなど、環境版物理化学の体系化が必要です。また、水溶液の酸化・還元は、電位や電子活量ではなくて、酸素分圧で表現するほうが、わかりやすくなります。
 
いずれの計算も、「方程式を解く」方法ではなく、「条件に合致する点を検索する」数値計算を使用します。近年の、計算機の発達が、科学技術の発想に影響を与える事例ともいえます。
 
以下、具体的な事例をあげます。
 
「環境熱化学」という名称にしなかったのは理由があります。化学の本質は予測通りにならないことへの驚きと目的に向けた試行錯誤であると考えます。それにくらべ、この環境熱力学は、予測する手法に過ぎません。計算結果を振り回すことを強く戒め、実証の必要性を常に意識する必要があります。

ごみ焼却排ガスでのAsの形態予測

 
ごみ焼却で金属の一部が揮発することは、実測からも実験からも明らかですが、制御可能性を検討するためには、メカニズムに関する考察が必要です。これまで、「揮発する金属は塩化物しか考えられない」という理由で、「金属は塩化物として揮発する」と説明されることが多かったのですが、ヒ素については、1)塩化物も酸化物も揮発性化合物が存在する; 2)にもかかわらず飛灰へ移行するヒ素の割合は50%程度で変動もある、などの現象が見られています。
 
そのメカニズムを考察する熱力学系を図のように設定しました。
 
 
1) 凝縮相(灰)と気相のすべての化学種と単体のガス状ヒ素As(g)の平衡定数を求めます。
 
たとえば、
As + 3HCl +3/2O2 --> AsCl3 +3/2 H2O
の場合、AsCl3(g)の活量は、As(g), HCl, O2, H2O の活量から求めることができます。
2) あるHCl-O2系において、任意のAs(g)を与えたときに、すべてのヒ素化学種の活量を求めることができます。
 
3) こうやって求めたすべてのヒ素の化学種の合計量(mol)を求め、最初に、あらかじめ想定していた系内の全ヒ素量と等しいかどうかを調べます。これらが等しくなるまで、As(g)の活量を変化させ続けます。
 
4) 上記の操作を、異なるHCl-O2系について繰り返します。
 
 
得られるデータは、右に示すように、対数濃度図もしくは、優勢領域図(Pourbaix diagram)の形で表現されます。
 
 

このテーマに関連した論文等:

 
渡辺信久・井上三郎・福永勲(2001)都市ごみ焼却システムでのヒ素の揮発・凝縮メカニズムに関する熱力学的考察  環境衛生工学研究, Vol 15(4), 16-24
 
Watanabe,N. Inoue,S. and Ito,H.(1999)Mass balance of arsenic and antimony in municipal waste incinerators, J. Mater. Cycles. Waste Manag., Vol.1, 38-47
 

大気と海水のCO2の平衡

酸性雨の定義の解説で、「空気中のCO2を吸収した蒸留水のpHは5.5である」ということを見ることは多いですが、海水のpHは8〜8.5です。海水は、様々なものが溶けているので、簡単に取り扱えないことは確かなのですが、何らかのアルカリ成分があるからこそ、pHが5.5ではなく、アルカリ側になっているのです。
 
海水がアルカリ性だからこそ、大気のCO2を吸収しています。しかし、何らかの原因で酸性化すると、逆にCO2を吐き出すのではないかと心配になります。
 
単純化して考えてみましょう。
 
水中のCO2aqは、HCO3-とCO32-に分かれていますが、大気中CO2との平衡の窓口は、あくまで、CO2aqです。pH 8.2では、CO2aqの割合は、全炭酸(CO2aq+HCO3-+CO32)の0.63%です。すなわち、CO2aqの159倍のHCO3-+CO32が、水中に捕まえられているのです。
 
しかし、たとえば、pHが8.0になると、CO2aqの割合は上昇して、1.03%になります。
CO2aqの裏に控えているHCO3-+CO32の量は、CO2aqの100倍足らずとなります。
 
実際には、海水の組成は複雑で、わからないことだらけなのですが、「炭酸の化学」の考察だけで、自然の微妙なバランスを読み取ることができます。
 
「海底にCO2を沈める」とか、いささか魔法のような温暖化対策技術が提案されることが散見されますが、そのトリックを見破るためにも、環境熱力学は役立つのではないでしょうか。
 
 

このテーマに関連した論文等:

 
なし
 
 

今後の展開

水溶液での酸化・還元を取り扱うと、標準電極電位E0, 酸化還元電位Eh, 電子活量peなどが現れ、取り扱いに困ることがあります。一方で、水環境での酸化・還元は、酸素の存在の有無で支配されることがほとんどです。ですから、Ehやpeを酸素分圧p(O2)で表現する方がわかりやすくなります。
 
 
計算例など、いずれ、アップロードします。