■ コンパートメントモデルによる化学物質の環境運命予測
■ 化学物質の環境運命とは
殺虫剤や有機溶剤など環境中に放出された化学物質は、大気・水・土壌に移行します。移行・蓄積・分解の様子は、その化学物質の性質と放出先から、おおよその予測が可能です。
人間が取り入れる食料・空気・水に含まれるそれら化学物質の濃度が推定できれば、毒性情報と比較することによって、その化学物質の使用によって生じる健康リスクの度合いを予測することができます。
実際、政府機関などが、環境運命予測モデルの計算パッケージを開発して、リスク評価に活用しています。しかし、ややもすると、ブラックボックス的になってしまう懸念があります。
そこで、ここでは環境運命予測モデルにもっともよく使われるコンパートメントモデルの概念を整理し、どこの部分がわかっていているのか、どこの部分を調べる必要があるのかを明確にします。
■ 環境をコンパートメントに分けてモデル化する
まず、環境を複数のコンパートメントに分けてます。図では、大気・水・底質・土壌に分けています。
ある化学物質の濃度を、大気中でCa、水中でCwであるとします。両者が釣り合っていなければ、どちらか片方への、化学物質の移行が起こりますその様子を、大気と水の「タンク」で表すことができます(タンクアナロジー)。
図では、水中濃度のほうが、大気中濃度よりも、相対的に高いので、水から大気へ移行(揮発)しています。タンクの大きさ(図では横幅)は、そのコンパートメントの容量を表しています。このタンクアナロジーは、とても便利で、底から流れ出ているのは、そのコンパートメントでの分解を表しています。
■ コンパートメントモデルのタンクアナロジー
■ 濃度・体積・量の基礎式
水中での化学物質濃度Cw(mol/m3)と平衡状態にある大気中化学物質濃度をCa(mol/m3)とすると、無次元ヘンリー定数を用いて
Ca=HCw
と表すことができます。
同様に、水中濃度Cw(mol/m3)と平衡状態にある底質中濃度Csed(mol/m3)およびCsoil(mol/m3)は、
Csed=KsedCw
Csoil=KsoilCw
と表される。
従って、環境中に存在する全化学物質量は、以下のように表現されます。
(Total Chemical) = VwCw + VaCa + VsedCsed + VsoilCsoil
仮に、すべてのコンパートメント中の化学物質濃度が平衡に達しているとすれば、
(Total Chemical) = (Vw+HVa+KsedVsed + KsoilVsoil)Cw
となります。
この概念をタンクアナロジーで表すことができます。
■ Level I (平衡状態 Equillibrium)
■ Level II(平衡定常状態 Equillibrium Steady-State)
環境に進入する化学物質が、平衡に達している各コンパートメントで分解される様子がわかります。図中のrは、分解速度係数です。たとえば、r=0.1(1/day)であれば、一日に10%が分解することを意味します。半減期で表現すると0.693/r= 6.93日です。
■ Level III(非平衡定常状態 Non-equillibrium Steady-State)
ある特定のコンパートメントに進入する化学物質が、他のコンパートメントに移動しながら、分解される様子がわかります。化学物質を使い続けたときの各コンパートメント中のでの濃度の推定や、環境のどこが分解槽であるのか、放出先によって環境中での半減期が変わってくる様子など、現実的な予測に活用できます。
図中では、あるコンパートメントから他のコンパートメントへ移動する速度の係数として、MTC(物質移動係数: Mass Transfer Coeffcient) × A(接触表面積)で表現しています。
しかし、実環境はもっと複雑で濃度勾配に従った移動のみならず、乾性沈着・降雨・降雪による大気から地表面への移行など、多くのプロセスがあります。たとえば、北極に難分解性・低揮発性の有機化学物質が集中する現象(グラスホッパー効果)などは、これらのプロセスによるものと考えられています。
___________________________________________________________
このテーマに関連した論文等:
高月紘・酒井伸一・渡辺信久(1989)「環境汚染物質と動態モデル」化学工業, Vol. 40, 575-580