「宇宙論と重力理論の最前線」研究会
http://enterprise.phys.h.kyoto-u.ac.jp/

2001年4月25日-27日@京都大学基礎物理学研究所


文責 真貝寿明(shinkai@atlas.riken.go.jp)

 この研究会は,3月に基研を退官された冨田憲二教授の退官記念パーティを催すために企画されたものだが,プログラムは冨田氏の意向を反映して現在のトピックのレビューを中心に企画された.3日目の最終日だけは,海外からの講演者を迎えての英語で行われた.研究会の最後には,「宇宙論研究の現在,過去,未来」と題して冨田氏より記念講演が行われた.集録は発行予定とのことである.

以下は,review talksの概要である.敬称略.references等は未確認.

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Session 1 非一様宇宙に対する(非線形)摂動的アプローチ(座長 南部)

南部保貞(名大)
Inhomogeneous universe, renormalization and back reaction
非一様宇宙の解析的取り扱い方法として,最近南部氏自身が取り組んでいる2つのアプローチを紹介.前半は,摂動的展開であるが,「通常のFRWとその線形摂動が及ぼす2次のback reaction」を0次とまとめて再定義する方法.宇宙のどの時刻を初期時刻と見なしてよいようにシステムを再定義すると,dust時空でも反作用の効果が利いて,collapseする,という結果が得られた.後半は,同様の操作をgradient expansionに対して行うとどうなるか,という話.球対称ではTolman-Bondiが再現され,面対称ではSzekeres解が再現するという.これを用いて2次元の数値計算を始めた,とのこと.


浅田秀樹(弘前大)
Recent development in relativistic Lagragian perturbation
Lagrangeの視点に立脚したNewtonian線形近似は,Euler流の線形近似に比べ,連続の式がexactに解けたまま展開されるので,collapseの非線形領域でもかなり精度よく重力現象を記述することが知られている.一般相対論では,Ellis (71)によるLagrangian形式の先駆的な仕事があるが,dustの線形なorderのものに限られていた.Kasaiらによる一般定式化[PRD59(1999)123515,PRD62(2000)127301]を紹介.ただし,現実のどのような状況に有効に応用できるかは,不明.

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Session 2 String と重力理論(座長 中尾,坂上)

早田次郎 (京大)
Branes for Relativists
「特異点の解消」を目的にした,stringと一般相対論の接点をさぐる3つの連続reviewの第一弾.用語の紹介と言ったところ.classical string theoryのLagrangianを提示し,SUGRAの部分から,extreme Reissner-Nordstromがどのように拡張されうるかを説明.そして,BPS anzatsの元に,d次元中のp-braneの構成方法,type IIA SUGRAにおけるDp-braneの例を挙げ,それらのharmonic superpositionをD6-D2 systemを例にして説明.RNの特異点が,repulsiveになり得るかもしれない.

夏梅 誠 (KEK)
Spacetime Singularities in String Theory
続く第2弾は,一般相対論の特異点をどのようにstringで取り除く例があるか,という視点から解説.ただし,「場の古典論としてのstring理論は,特異点を禁止しない」ことをまず言明.
1. 高次元に埋め込むことでいくつかの特異点はなくせる.hep-th/9410073
2. duality, test stringまたはtest braneを使った議論.ただし,dualityによって特異点が解消したような解が得られても,本質的に問題がどう解決されたのかわからないことが難点.
3. orbifolds法.conical singularなようなstringを考えても,それから,well-definedなstraing theoryを作ることができることがある.
4. mirror symmetricなどを課すことによって,特異点なしにtopology changeを起こすことが可能なことがある.
5. M<0のSchwarzschildなどやはり取り除けない特異点は存在する(gr-qc/9503062).Gregory-Laframe不安定などbraneが引き起こす不安定性も存在する.cosmic censorshipに対応したstringy censorshipの必要性も提案されている(hep-th/0002160, 0007018 )

山口 哲 (京大)
Enhancon and Resolution of Singularity
だんだん話が高度になる第3弾.D6-D2* systemにおいて,repulson singularityが議論されたが,実は,そこに到達するより大きなenhancon半径より内側では,本来U(1)であるゲージ場がSU(2)になってしまう,BPS仮定が破れる,などの不具合が生じ,SUGRAの議論はすでに適用できないのではないか,という話.最後は全員ほとんど沈黙.


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Session 3 Cosmology and Astrophysics (座長 杉山)

西 亮一(京大)
原始ガス中の星形成と宇宙最初期天体の形成

星形成の熱課程を考えるとき,いままでは,atomic coolingによるdynamical collapseのみを考えてきたが,最近H_2分子形成のcoolingも効くということがわかってきた[Nishi-Susa, ApJL523(1999)L103].さらにmetallicityによってもinitial mass, mass accresion rateが異なることがわかった[Omukai-Nishi, ApJ508(1998)141].ガスの回転によるfragmentationに対するMiyama criterionを最近検証した[Tsuribe-Nishi].z=50付近での10^6M_solarから形成されてゆく宇宙最初期天体は,おそらくこれまで考えられていたものよりmassiveであろう.

梅村雅之(筑波大)
銀河形成論の新展開 ― 宇宙の再電離と銀河形成 ―
銀河形成論の3種の神器.1. CDM density fluctuation, 2. randam Gaussian density field, 3. cooling diagram.今までの星形成のsimulationは,星形成のcriterionに物理的意味がよくわからないparameter c_*を手で入れていた.それをUV放射によってLy_alpha吸収が起き,再電離状態になる効果を含めると,c_*が連続的に変化することが説明できた[Susa-Umemura, ApJ537(2000)578, MNRAS316(2000)L17]. CDMモデルは銀河スケールまではだいたい良いのであるが,sub galacticスケールまで行くと,over cooling/substructure problem/density profile problem/disk angular momentum problemの問題が残る.dynamic frictionなどによっていくつかは解決するかもしれない.

須籐 靖 (東大)
有朋自遠方來不亦楽乎の宇宙論
タイトルは孔子から,遠くから来る友あり亦楽しからずや.www.confucious.org.宇宙論はいずれ知的生命体の探査や社会学へ向かうだろうと言う宇宙論帝国主義の始まりとして,最近の太陽系外惑星探査のレビュー.
惑星の直接観測は当然困難なので,主星の位置変動(ドップラー効果),光度変動(食),パルサー信号時刻変動,MACHO光度曲線の変化のテクニックの解説.exoplanets.orgによると現在60もの惑星が発見されている.観測手法の問題からほとんどは短い周期のもの(数日程度から).3つもの惑星系をもつものも発見されている.将来計画(Kepler/GAIA/Darwin)も紹介.


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Session 4 Foundation of Cosmology (座長 田中)

千葉 剛(京大)
Constancy of the Constants of Nature
物理定数の定数性のreview.
微細構造定数alphaは,Oklo/QSO/CMB/BBNによって10^{-8}/year - 10^{-12}/year
重力定数Gは,Viking/LunarLaser/BBNにより,10^{-12}/year.実験により最近4桁目まで信頼できる6.674215\pm92 x 10^{8} dyn cm^2 / g^2
Brans-Dicke parameterは3000以上.

山本一博(広島大)
天体分布のモデリングと応用
2dFデータを正しく読むための注意点.1. light-cone effect (zの大きなところでセレクション効果とクラスタリングの強さを考慮しないといけない) 2. redshift linear distorsion (localなpeculiar shiftをKaiser factorとDamping factorで補正) 3. cosmological geometric distorsion (宇宙項があると見ているgeometryが変わる).
これらを0<z<3のQSOクラスタリング問題へ応用する.Lambda-CDMモデルは許される結果となる.

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Session 5 重力レンズ (座長 葛西)

二間瀬敏史(東北大)
観測的宇宙論における重力レンズ
重力レンズによるHubble定数測定の誤差を小さくするには,何が必要か.QSOの第3のイメージがどれだけ暗いか,Einstein ringが同定できるか,bolbの相対的な明るさの比,blobとknotのz,deep imaging.同様,レンズによる宇宙項測定の誤差は,レンズポテンシャルの速度分散測定とレンズモデルの特定.後半は,自身がSubaru望遠鏡を使って挑んだ重力レンズによるcluster surveyの苦労話.

服部 誠(東北大)
重力レンズによる銀河団質量分布の測定
レンズによるcausticsな画像からレンズ銀河団の質量の上限が決まること.しかし,ChandraによるX線観測による質量測定に比べて,重力レンズから得られる質量は2倍も大きくなってしまうこと[astro-ph/0103123].そこで,最近self-interacting dark matterなどが議論されているが,現時点では否定のしようがない.tangential arcとradial arcの比は,銀河団の中心の密度プロファイルに大きく依存する.

松原隆彦(名大)
Topology of Weak lensing Fields
重力レンズ源の密度分布についてジーナス統計を導入してその特徴を議論する試みの紹介.N体でのモデルを使って,計算可能性についての検証.

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Session 6 外国からの招待講演者他の講演 (座長 須藤,石原)

E. Turner (Princeton Univ. and Director of Apache Obs. (SDSS))
Old Ideas and New Results in Gravitational Lens Cosmology
重力レンズ源の銀河にあるダークマターハローは,球対称分布ではない.構造形成理論との矛盾克服が課題.ハッブル定数測定は60-70となり,SNから得られるデータからは低い.宇宙項の影響や,quintessence parameter w=pressure/densityに対するデータの依存性などを議論.

Shoko Sakai (UCLA)
What's Left For Us To Solve?
観測の側からの宇宙パラメータ測定に関するレビュー.特に自身の関与しているTully-FisherによるHubble定数観測の紹介.Tully-Fisherの利点は200Mpcまでのspiral galaxyに対して正確であること,欠点はdispersionが大きいためcluster内の10-15個のデータが必要なことと理論的サポートがまだないこと.TF, SNe, SBF, FPなどを総合すると,Hubbleは72 \pm 8というところ.ただしすべてLMCの距離を用いている.Sandageらの59という値はLMCへの距離を遠く見積もったことが原因.

Kenji Tomita (YITP)
Local void and the accelarating Universe
自身の最近のlocal voidモデルの紹介.我々が240Mpc程度の大きさのボイド中にいるとするならば(かならずしも中心でなくても良い),SNIaによるHubble定数の近傍値が若干遠方より高いこと,bulk flowの存在,銀河赤方変位観測のwallの存在が,宇宙項の存在なしに説明できる.

M. Malkan (UCLA): (25+5 min.)
Star-formation History of the Universe:The View at Long Wavelengths"
star formation rateのz依存性のデータは,z=1-2付近でピークを持つ.integrated SFRは重元素のoverproductionを示唆してしまう.

N. Deruelle (Observatoire de Paris)
Gravity on Branes
Randall-Sundrum第2モデルから始まった最近の5次元ブレーン宇宙モデル発展のレビュー.特にcosmologyとして,AdS+FRWモデル,shell モデル,higher curvatureモデル,摂動モデルなどを紹介.日本人とフランス人の貢献度を強調.

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(座長 佐々木)

冨田憲二 (YITP)
「宇宙論研究の過去、現在、未来」
広島理論研の歴史と自身の研究の回想.修士論文は,宇宙項を用いて,宇宙年齢問題を解決しようとしたこと.当時Hubbleは75,星の年齢は250億年だった.この40年間,宇宙論の問題は全く進展していないことを参加者一同思い知らされる.その後,Hubbleが100から50を推移し,そのたびごとに宇宙モデルが右往左往したことを回想.自身の思い出深い仕事は,CMBの非等方性の説明の先駆けとなる研究ができたこと.



真貝寿明  Hisaaki SHINKAI 
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