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これまでの研究の概要


 一般相対論と宇宙論が私の研究対象である.特にその中でも, Einstein方程式を数値シミュレーションする(以下, 数値相対論と呼ぶ)立場から,その方法論を中心に,実際のシミュレーション を含めて,幅広い興味を持って一貫して取り組んでいる.
 現在,一般相対論の理論研究は,数年後に期待される重力波の直接観測 を背景にして,非常にエキサイティングな時期にある. 世界のいくつかの場所で巨大レーザー干渉計が建設中であり (LIGO, VIRGO, GEO 或いはTAMA計画),特に日本の干渉計は 99年に稼働開始している.運が良ければ,数年以内に重力波を観測した ニュースが流れるかもしれない. 理論的な側面からは,重力波の波形を観測に先だって正確に予測 することが重要になってくる.そのためには,非線形な重力現象を記述する Einstein方程式を数値的に積分する必要がある. これが現在「数値相対論」の分野が注目を集めている所以である.
 レーザー干渉計がターゲットとする重力波の波源としては,ブラックホールや 中性子星の合体現象が最も確実な波源として考えられ,現在世界でのいくつかの グループがこれらのシミュレーションに向けて精力的に取り組んでいる. しかし,物理的にもっともらしい初期値データをどう与えるか,あるいは どのようなゲージ条件を設定すればいいのか,などの基本的な問題はまだ未解決 であり,そもそもEinstein方程式を時間発展させる際にどのような定式化を したらよいのか,という根本的な問題がある.
 これまでアカデミックに過ぎなかった一般相対論の研究が,今後, 定量的なレベルに前進していくことは自明であり,数値相対論に対する 研究は,今後の相対論研究の一つの手段として必要不可欠なものになるであろう. 私のねらいは,数値的手段によって,相対論の原理的な面白さをさらに我々に 提示させることである. このノートでは,これまで私がどのような研究をしてきたかを簡単に述べてゆく. 同時に私の研究姿勢も感じていただければ 幸いである.
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インフレーション宇宙モデルの初期値一般性 1991-
Weylテンソルの分解とその応用 1993-
Ashtekarによる一般相対論の拡張を ダイナミクスへ応用する試み 1994-
Brans-Dicke重力理論での重力波 1995-
スカラーテンソル重力理論でのボゾン星 1997-
Post-Newtonian近似での数値相対論 1997-
双曲形発展方程式と数値相対論 1998-
高次元宇宙モデル 1999-
null座標による数値計算,重力波やワームホールへの応用 1999-
漸近的に拘束条件を満たす方程式と数値相対論 2000-
世界の数値相対論グループの共通となる数値計算フレームワークづくり 2002-

インフレーション宇宙モデルの初期値一般性

 インフレーション宇宙モデルは,ビッグバン宇宙モデルの原理的 問題のいくつかを解決するものとして提案されたモデルである. インフレーションとは,時空の指数関数的膨張を意味し,現在の 宇宙の一様等方性や銀河形成の種を与えるモデルとして,今では 宇宙論の標準的シナリオとなっている.しかし,現実に非一様な 時空でインフレーションが発生したか,というこのモデルの初期 条件一般性は示されなければならない問題であった.そこで, 我々はArnowitt-Deser-Misner形式(3+1形式)による数値解析を 行った.簡単のため1次元問題として取り扱い,非一様性の源泉 としては,従来研究されてきたスカラー場の他に局在した強い 重力波が存在する場合も含めて解析した.

 正の宇宙項の存在を仮定した時空では,宇宙項による背景時空の 膨張と,重力のもつ非線型性との競合過程が期待される.面対称 性を仮定した時空では,かなり大きな空間的歪み(重力波)を与 えたとしても前者の効果が勝り,時空は最終的に一様化すること が確かめられた[1].また,宇宙項のない面対称時空では, 平面重力波の衝突によって,時空に特異点が形成される解析解が 知られているが,我々の数値計算から,この現象の一般性を議論 することができた.即ち,宇宙項が存在する時空での平面重力波 の衝突を見た結果,非一様性の大きさが宇宙項の100倍程度の大き さであっても,背景時空の急激な膨張により時空には特異点形成 が生じなかった.宇宙項のない時空では,時空自身が重力波の 存在によって膨張あるいは収縮することになる.前者の場合, 重力波はソリトン波のように伝播し,後者の場合は波自身の存在 により時空が崩壊するようになり,衝突の発生とともに非一様性 はさらに増大する様子が確かめられた.これは,重力波の衝突に よる特異点形成が一般的であることを示唆するが,より精密な 解析は今後の課題として残された.

 スカラー場の非一様性のもたらす影響も調べた結果,面対称時空 では,ポテンシャルエネルギーに較べて勾配エネルギーが圧倒的 に支配するような時空においても,時空の崩壊が生じなかった. したがって,「正の宇宙項をもつ時空はドジッター時空に近づい ていく」との宇宙脱毛仮説(Cosmic no-hair conjecture)が,非常 に有効であることが示された. また,球対称時空での,非一様 スカラー場のもたらすホライズンの形成条件を背景時空が曲率 を持つ場合を含めて初期条件の範囲内で明らかにした[2]

 この他,これまで宇宙膨張に対しては否定的な働きをすると考え られていた宇宙初期の相転移で発生する位相欠陥が,インフレ ーション宇宙的な急膨張を引き起こす可能性が指摘された.我々 は,このモデルの提案直後に数値シミュレーションを行って, ドメインウォールがインフレーションを引き起こし得ることを 明らかにした.また,グローバルモノポールのダイナミクスと ゲージ場を含めた静的ブラックホールの解の存在範囲も解析し, このインフレーションモデルの有効性を議論した[3]

[1] Can Gravitational Waves Prevent Inflation?
with Kei-ichi Maeda (Waseda Univ.)
Physical Review D48 (1993) 3910 Abstract

[2] Generality of Inflation in a Planar Universe
with Kei-ichi Maeda (Waseda Univ.)
Physical Review D49 (1994) 6367 Abstract

[3] Dynamics of Topological Defects and Inflation
with Nobuyuki Sakai, Takashi Tachizawa and Kei-ichi Maeda (Waseda Univ.)
Physical Review D53 (1996) 655 Abstract
 
 

追記.
[1]の結果は,最近のAnninosによるレビューで小セクションを 割いて紹介されている.
P. Anninos, Living Review of Relativity, 1998-2, http://www.livingreviews.org/Articles/Volume1/1998-2anninos
"Physical and Relativistic Numerical Cosmology"

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Weylテンソルの分解とその応用

 4次元時空を光の伝播方向2方向とそれに幾何学的に垂直な2方向に 分解する「2+2分解」(characteristic formulation)は,一般相対論 で重力波を解析するときなどに非常に威力を発揮する方法で ある.しかし,この方法は,物質がある場合に,座標が見かけの特異点 (焦点)形成を引き起こすために,数値相対論の手法 としては主流に成り得なかった.そこで我々は,通常の「3+1分解」 (ADM形式)で用いられる変数(具体的にはWeylテンソルの electric/magnetic分解された量)から,2+2分解の一つである Newman-Penrose形式のスカラー量への変換を提案,重力波の 解析方法や時空の不変曲率量の計算に簡潔な表現を与えた .

 応用例として,時空各点でのPrincipal Null Direction (PND)を図示表示する一般的な方法を公式化し,解析解 (Kastor-Traschen解) を使ってPNDを示した¥cite{pnd}.これまで 解析解に対してのみ行われていた時空の分類方法の一つである Petrovタイプの分類法に対して,局所的な分類可能性を新たに 示し,数値表現された時空に対してもSachsのpeeling-off定理 などの応用例を示した.

 また他の応用例として,重力波伝播時の最大偏極方向の変化を 記述する方法も提案した.これは,重力波のファラデー回転の 大きさを示す方法に相当し,平面重力波の衝突現象に対して, その数値表現を行った.

[1] A `3+1' Method for Finding Principal Null Directions
with Laurens Gunnarsen and Kei-ichi Maeda (Waseda Univ.)
Classical and Quantum Gravity, 12, 133-140 (1995) Abstract
追記.
NP変数への変換公式は直ちにNCSA/WashintonU/Potsdamの数値相対論グループ で採用され, 2つのブラックホールの正面衝突の解析などに応用された.現在でも彼らのcactusコード の一部として実際に使われている.また,ブラックホールグランドチャレンジ計画の Texas大学のグループでも最近コード化が行われている.

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Brans-Dicke重力理論での重力波

 重力波の直接観測が可能になると,重力理論の検証を強い重力場の物理現象を 用いて行うことが可能になる.我々は,Einsteinの一般相対論に代わるものと して第一の候補として考えられているBrans-Dicke重力理論を用いて, 回転 ブラックホールからの重力波放出を摂動近似の範囲で調べ, 一般相対論の場合 との比較を行った.まず,テスト粒子がKerrブラックホールへ落下するとき に生じる重力波のスカラーモードとテンソルモードの波形と放出エネルギー 量を計算した.そして,このデータを元に,Kerrブラックホールへダスト殻 が落下するときに発生する重力波をダスト殻の形状を変えながら評価した. その結果,かなりダスト殻が球対称に近いときに限ってスカラーモードが テンソルモードに勝ることが確認され,将来の観測に対してBrans-Dicke 重力理論の持つパラメータにどのような制限がつけられるかを議論した.

Gravitational Waves in Brans-Dicke Theory : Analysis by Test Particles around a Kerr Black Hole
with Motoyuki Saijo and Kei-ichi Maeda (Waseda Univ.)
Physical Review D56 (1997) 785 Abstract

Can We Detect Brans-Dicke Scalar Gravitational Waves in Gravitational Collapse?
with M. Saijo and K. Maeda (Waseda Univ.)
The 18th Texas Symposium on Relativistic Astrophysics, (1996 December, Chicago) [ps]

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Ashtekarによる一般相対論の拡張をダイナミクスへ応用 する試み

 一般相対論を,より広い複素多様体上で捉えなおした Ashtekar による記述法は,さまざまな利点をもち,非摂動的な量子重力 の研究の突破口として注目を集めた.それらの利点には, Einstein方程式に伴う楕円型方程式を微分多項式に置き換える, 時空の縮退点も取り扱うことができる,ゲージ場を物質場として 取り込むのに適した形式である,などの点が挙げられていた. 我々は,古典相対論の範囲内で(Lorentz符号を持つ時空に対して, の意),このAshtekar形式を応用することを考え,必要となる 理論的な枠組みの整理および数値計算への初の応用を行った.

 Ashtekar形式では基本変数を複素数にしているので,現実の物理現象を 記述するには,実数条件を付加して考えなければならない. 我々は, それまで曖昧にされてきた計量に実数条件を課す 場合とトライアドに実数条件を課す場合の相違を明確にした. また,Capovilla-Dell-JacobsonによるAshtekar形式の 新変数書き換えに相補的な,ゲージ拘束条件と実数条件を自動的に 同時に満たす変数を発見した[1,3]

 また,利点の一つとされた,縮退点の通過可能性について, 初めて実用的な立場から,ダイナミカルな取り扱いに取り 組んだ. 我々は,時空を複素表現することが,実面での縮退点 通過を可能にし得ることを解析的,数値的両面から示した[2,3]. この研究は,Ashtekar形式を実際に時空の時間発展の計算に 応用した初めての論文であり,実数条件がダイナミカルに制御できること を示した最初の論文でもある.縮退点が存在する時空 でも連続的に時間発展できることを示した意義は大きい.本論文は, 宇宙初期のトポロジーが変化する時空やEuclidian時空から Lorentz時空への連続的な時間発展の解析の実現可能性を示唆 するもの,と考えている.

 1998年にAshtekar形式の運動方程式を対称双曲型に変換する試み をIriondoらが行った.我々は,彼らの用いた対称双曲型の定義 の誤りを正し,彼らが議論しなかった実数条件との整合性やこの システムに特徴的な伝播速度の議論を行い,改めてAshtekar 形式の対称双曲型変換を提示した[4].また,弱双曲型, 対角型双曲型(強双曲型),対称双曲型など各レベルでの双曲形式を求め, 必要とされるゲージ条件や実数条件を議論した [5] .そして,それらの数値計算による比較を行ったところ, 強双曲型以上の方程式は,弱双曲型以上の良い 振る舞いを示すことが見られたが,対称双曲型が必ずしもいつでも一番良い というわけではないことも確認された[7]. この結果は最近の双曲型運動方程式研究に一石を投じるものになろう.

 数値的にダイナミクスを解く場合,わずかながらの 拘束条件の破れや実数条件の破れは,常に起こり得る問題である. 我々は,このような破れが時間発展と共に自己回復していくような 新しい運動方程式の組をAshtekar変数を用いて提案した. この系は拘束条件式が満たされる空間,実数条件が満たされる空間が 解としてアトラクターになっており,今後の数値計算への応用に 有用であると期待される [6].実際の数値計算で このシステムが機能することも確かめられた [8]

[1] Constraints and Reality Conditions in the Ashtekar Formulation of General Relativity
with Gen Yoneda (Waseda Univ.)
Classical and Quantum Gravity, 13, 783-790 (1996) Abstract

[2] Trick for Passing Degenerate Point in the Ashtekar Formulation
with Gen Yoneda and Akika Nakamichi (Waseda Univ.)
Physical Review D56 (1997) 2086Abstract

[3] Lorentzian dynamics in the Ashtekar gravity
with Gen Yoneda (Waseda Univ.)
The 8th Marcel Grossman Meeting (1997 June, Jerusalem)
Proceedings [ps]

[4] Symmetric hyperbolic system in the Ashtekar formulation
with Gen Yoneda (Waseda Univ.)
Physical Review Letters 82 (1999) 263 Abstract

[5] Constructing hyperbolic systems in the Ashtekar formulation of general relativity
with Gen Yoneda (Waseda Univ.)
International J. Modern Physics D9 (2000) 13. Abstract

[6] Asymptotically constrained and real-valued system based on Ashtekar's variables
with Gen Yoneda (Waseda Univ.)
Physical Review D 60 (1999) 101502 (Rapid Communication) Abstract

[7] Hyperbolic formulations and numerical relativity: Experiments using Ashtekar's connection variables
with Gen Yoneda (Waseda Univ.)
Class. Quantum Grav. 17 (2000) 4799 Abstract

[8] Hyperbolic formulations and numerical relativity II: Asymptotically constrained systems of Einstein equation
with Gen Yoneda (Waseda Univ.)
Class. Quantum Grav. 18 (2001) 441 - 462 Abstract

[9] Hyperbolic formulations and numerical relativity
with Gen Yoneda (Waseda Univ.)
The 9th Marcel Grossman Meeting (2000 July, Rome)
Proceedings Abstract, [ps]

追記.
[5]の論文はInt. J. Mod. Phys. 誌の2000年度版宣伝用リーフレットで, 論文例として紹介されている.
最近の数値相対論に関するレビューで,[7]の仕事は 随所に紹介されている.e.g., L. Lehner, Class. Quantum Grav. 18 (2001) R25
[8]の論文はClass. Quantum Grav.誌の2001年度版宣伝用リーフレットで, 論文例として紹介されている.
[8]の論文は,"Classical and Quantum Gravity"誌 (Institute of Physics発行)の highlight papersの一つに選ばれた.CQG誌のweb page http://www.iop.org/journals/cqg/extra/1より論文が無料で ダウンロードできる.

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スカラーテンソル重力理論でのボゾン星

 一般相対論を拡張した重力理論であるスカラーテンソル 理論は,一般相対論に較べて余計な(重力)スカラー場 の自由度を持つ理論である.そこで,(物質)スカラー 場の自己重力で星を形成する,というボゾン星をモデル にして,どのようにスカラーテンソル理論の影響が現わ れてくるか,を研究した. まず,Brans-Dicke重力理論と,Damour-Nordtvedtの モデルを選び,ボゾン星の取り得る平衡形状状態を系統的 に調べた.現在の観測値によって制限される重力理論の パラメータ内では,平衡形状の系列は,一般相対論の時と ほとんど変わらない結果になった.また,カタストロフィー 理論を応用することにより,系列の安定不安定を予測する ことができた.面白いことに,Damour-Nordtvedtモデル での初期宇宙の状態では,ボゾン星は,安定な系列を持て ないことが示唆された[1}

 次に,Brans-Dicke重力理論でのボゾン星について,その ダイナミカルな性質を数値計算により調べた.カタストロ フィー理論で議論した安定性の結果が正しいことを確認し, さらに,ボゾン星の励起状態の解は,常に不安定で,重力 崩壊してブラックホールへなったり,拡散して平坦な時空へ なったり,或いは基本状態の安定解へ落ち着くことが確認 された.これらのダイナミカルな振舞の際に放出される スカラー重力波は,一般相対論の場合と余り変わらないこと がわかったが,バルス状の物質スカラー場分布からボゾン星 の平衡解へ進化してゆく様子も確認されたことから, Brans-Dicke重力理論でのボゾン星の存在は,一般相対論の 時と同じ位もっともらしいと考えられる結果が得られた[2,3]

[1] Generation of Scalar-Tensor Gravity Effects in Equilibrium State Boson Stars
with G.L. Comer (St.Louis Univ.)
Classical and Quantum Gravity 15 (1998) 669 Abstract

[2] Dynamical evolution of boson star in Brans-Dicke theory
with J. Balakrishna (Washington Univ.)
Physical Review D58 (1998) 044016 Abstract

[3] Dynamical evolution of boson stars
with J. Balakrishna, G.L. Comer, E. Seidel and W-M. Suen
The proceedings of Numerical Astrophysics 98 (1998 March, Tokyo) [ps]

追記.

[1]の結果に対して,それを検証する議論があったが, A.W.Whinnett, Phys. Rev. D. 61 (2000) 124014にそのいきさつが まとめられているように,[1]の結果は支持されている.

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Post-Newtonian近似での数値相対論

 最も有望な重力波源として期待される中性子星連星の合体 の数値シミュレーションでは,常に「初期条件をどれだけ 物理的な状態に設定できるか」が大きな問題である.確実 な手段として,Newton重力理論や一般相対論の Post-Newton 近似での計算が現在行われているが,我々は Post-Newton近似で用意したデータを一般相対論のレベルで 時間発展させた場合にどうなるか,というアプローチを行っている.

 その第一のテストとして,一つの中性子星の周りの相対論的 な時空をPost-Newtonian近似で接続したときに,その不連続 なメトリックの接続面(真空)が,時間発展でどう克服されて ゆくかをさまざまな座標条件を取りながら調べた.結果として, 楕円型方程式で決まるようなラプス関数(時間経過関数)を 採用すれば,不連続面は滑らかになることがわかった[1]

 また,球対称の中性子星の平衡解が,高次のPost-Newton近似 を行った際にどのように一般相対論の解に収束していくかを 明らかにした. 3種類のポリトロピック状態方程式 を用いて,星の質量-半径の関係や中心密度-質量の関係を明らか にしたほか, 各Post-Newton近似での質量を元に一般相対論 の初期値を求めたときに,メトリックにどのような違いが生じる かを議論した.結果として2次のPost-Newton近似は,すでに 一般相対論の解に非常に近いことが確認された[2]

[1] Newtonian and post-Newtonian binary neutron star mergers
with E.Y.M. Wang, F.D. Swesty, W-M. Suen, M. Tobias and C.M. Will
The 8th Marcel Grossman Meeting (1997 June, Jerusalem)
Proceedings [ps]

[2] Truncated post-Newtonian neutron star model
Physical Review D60 (1999) 067504  Abstract

追記.
[2]の研究は,Post-Newton近似の収束性のテストとして,後にPade近似の有効性の観点から再検討された. A. Gupta, A. Gopakumar, B.R. Iyer, S. Iyer, Phys. Rev. D.62 (2000)044038.

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双曲型発展方程式と数値相対論

 Einstein方程式の発展方程式を陽に双曲型に書き直す試みが,近年積極的に 行われている.我々は,Ashtekar形式をスタートラインに双曲型形式の構築と その数値計算比較を系統的に行っている.また,得られた結果を基に,従来の ADM形式への結果のフィードバックを試みている.

 1998年にAshtekar形式の運動方程式を対称双曲型に変換する試み をIriondoらが行った.我々は,彼らの用いた対称双曲型の定義 の誤りを正し,彼らが議論しなかった実数条件との整合性やこの システムに特徴的な伝播速度の議論を行い,改めてAshtekar 形式の対称双曲型変換を提示した[1].また,弱双曲型, 対角型双曲型(強双曲型),対称双曲型など各レベルでの双曲形式を求め, 必要とされるゲージ条件や実数条件を議論した [2] .そして,それらの数値計算による比較を行ったところ, 強双曲型以上の方程式は,弱双曲型以上の良い 振る舞いを示すことが見られたが,対称双曲型が必ずしもいつでも一番良い というわけではないことも確認された[3,6]. この結果は最近の双曲型運動方程式研究に一石を投じるものになろう.

 数値的にダイナミクスを解く場合,わずかながらの 拘束条件の破れや実数条件の破れは,常に起こり得る問題である. 我々は,このような破れが時間発展と共に自己回復していくような 新しい運動方程式の組をAshtekar変数を用いて提案した. この系は拘束条件式が満たされる空間,実数条件が満たされる空間が 解としてアトラクターになっており,今後の数値計算への応用に 有用であると期待される [4].実際の数値計算で このシステムが機能することも確かめられた[5,6]

破れが自己回復してゆくシステム(asymptotically constrained system)の構築には, 元の方程式の双曲性が必ずしも必要とされない. この研究は「漸近的に拘束条件が満たされるシステム」に続く. 我々は, ADM形式の運動方程式に拘束条件式を加えることにより,破れが自己回復してゆくシステム を実現できうることを示し,その数値実例も示した [7]

[1] Symmetric hyperbolic system in the Ashtekar formulation
with Gen Yoneda (Waseda Univ.)
Physical Review Letters 82 (1999) 263 Abstract

[2] Constructing hyperbolic systems in the Ashtekar formulation of general relativity
with Gen Yoneda (Waseda Univ.)
International J. Modern Physics D9 (2000) 13. Abstract

[3] Asymptotically constrained and real-valued system based on Ashtekar's variables
with Gen Yoneda (Waseda Univ.)
Physical Review D 60 (1999) 101502 (Rapid Communication) Abstract

[4] Hyperbolic formulations and numerical relativity: Experiments using Ashtekar's connection variables
with Gen Yoneda (Waseda Univ.)
Class. Quantum Grav. 17 (2000) 4799 Abstract

[5] Hyperbolic formulations and numerical relativity II: Asymptotically constrained systems of Einstein equation
with Gen Yoneda (Waseda Univ.)
Class. Quantum Grav. 18 (2001) 441 - 462 Abstract

[6] Hyperbolic formulations and numerical relativity
with Gen Yoneda (Waseda Univ.)
The 9th Marcel Grossman Meeting (2000 July, Rome)
Proceedings Abstract, [ps]

[7] Constraint propagation in the family of ADM systems
with Gen Yoneda (Waseda Univ.)
Physical Review D 63 (2001) 120419 (9 pages) Abstract

追記.
[2]の論文はInt. J. Mod. Phys.誌の2000年度版宣伝用リーフレットで, 論文例として紹介されている.
最近の数値相対論に関するレビューで,[4]の仕事は 随所に紹介されている.e.g., L. Lehner, gr-qc/0106072, to appear in Class. Quantum Grav.
[5]の論文はClass. Quantum Grav.誌の2001年度版宣伝用リーフレットで, 論文例として紹介されている.
[5]の論文は,"Classical and Quantum Gravity"誌 (Institute of Physics発行)の highlight papersの一つに選ばれた.CQG誌のweb page http://www.iop.org/journals/cqg/extra/1より論文が無料で ダウンロードできる.

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高次元宇宙モデル

 最近めざましく進展している超弦理論とその周辺の理論によれば,我々のいる 4次元時空はさらに高次の時空から何らかの手段で次元が4に下ったものと 解釈される.その過程を動的に示すことは(現在そのような理論がないので) 不可能であるが,我々は, 5次元のKaluza-Kleinのバブル時空をモデルに高次元時空 の安定性問題が数値的に取り扱えること[1], 最近のブレーン宇宙論をもとにした,帯電ブラックホールの5次元時空中での 構造[2] などを示している.

  1.  4次元時空の安定性は,時空の全エネルギーの正負によって議論できる.ところが, 5次元のKaluza-Klein時空の初期値問題の解として発見されたBrill-Horowitzの解は, 任意の負の質量も許すバブル時空であり,しかもCorley-Jacobsonの解析によれば,負の 質量の場合でもバブルが膨張することが示されていて,その安定性が示唆されていた. 我々の数値計算によれば,負の質量のバブル時空は,初期には一度膨張を始めるが やがて収縮に転じ,最終的には裸の特異点になりうることがわかった[1]. この計算では,単純に5次元のEinstein方程式を適用したが,最近のbrane動力学の 立場からは,基本方程式がEinstein方程式ではない可能性があり,我々の解析が そのまま宇宙モデルの前進に貢献するものではないかもしれないが,時空の安定性に関する 理解が高次元でも通用することを示唆している点で興味深い.
  2. Randall-Sundrumによる最近のシナリオ(1999年第2モデル)によれば,我々の時空は 5次元中(バルクと呼び負の宇宙項が存在)の位相欠陥(4次元ドメインウォール) で記述できる可能性がある. 我々は,そのようなモデルでの,帯電した静的ブラックホール解を与え,その 5次元目の時空に対する構造を議論した[2]. ここでは電荷は,バルク上のWeylテンソルが もたらす潮汐電荷と,ゲージ場がもたらす電荷の双方を考えており,どちらも 4次元上にのみ存在していると仮定している.我々は,前者が存在するときにのみ, Reussner-Nordstrom時空が再現できることを示したが,そのような場合でも バルク方向には病的な振る舞いが見られ,帯電していないときに比べてより 短いホライズンになることを示した.

[1] Fate of Kaluza-Klein bubble
with T. Shiromizu
Physical Review D 62 (2000) 024010 Abstract

[2] Charged brane-world black holes
with A. Chamblin, H.S. Reall, T. Shiromizu
Physical Review D63 (2001) 064015 Abstract

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Dual-null formulation

ブラックホールや中性子星合体の後に形成される最終的な時空は,回転する ブラックホール解(Kerr解)であると考えられ,いくつかの先駆的なシミュレーションも その結果を支持している.ここでは,通常の3+1分解で行った数値シミュレーション結果を, さらに2+2分解のヌル座標分解で計算を続け,重力波波形の非線形効果を長時間に わたって計算することを動機にして,2+2分解されたEinstein方程式に「擬球対称近似」 を適用することの正当性を検討した.「擬球対称近似」は,時空が球対称のときに, 消えるshear, twistなどの2次の寄与を無視する近似である.背景時空を固定することなく, 重力波の伝播が追えるので,線形近似よりも良い結果が期待される.我々は, Kerr時空に対し「擬球対称近似」された方程式を適用し,近似から発生する 誤差を評価した.結果として誤差部分は単調な重力波として発生するが, そのエネルギーは本来のブラックホール合体現象から発生する重力波より少なく とも一桁から三桁小さいものであることが見込まれ,この近似の有効性を示した.[1].

通過可能なワームホールという研究テーマは,Morris-Thorneによる論文により,80年代の後半に突如登場した.現実にワームホールを創造することは,当面の技術では無理かも知れないが,その後の一連の研究は,時空のエネルギー条件についての考察を深めてきた. これまで,通過可能なワームホール解は,計算の都合上,静的なものとして扱われ議論されてきた.本論文では,ワームホールの動的な性質についての初めての研究を数値シミュレ ーションにより明らかにした.その結果,Morris-Thorneワームホールは不安定解であり,正(負)のエネルギー物質が通過するとワームホール自体はブラックホール(インフレーション的膨張領域)に変身することを示した.ただし,ブラックホールに変化する以前に再び負のエネルギーの物質を投入することでワームホールは維持できるし,旅行者もあちら側の世界に通り抜けることができることも示した.この事象は今後,ワームホールとブラックホールの双対性研究を加速させると期待される.[2].

[1] Quasi-spherical approximation for rotating black holes
with S.A. Hayward
Physical Review D 64 (2001) 044002 (8 pages) Abstract

[2] Fate of the first traversible wormhole: black-hole collapse or inflationary expansion
with S.A. Hayward
Physical Review D 66 (2002) 044005 (9 pages) Abstract

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漸近的に拘束条件を満たす方程式系と数値相対論

長時間安定な数値シミュレーションを行うために,我々は双曲型運動方程式の 研究を始めたわけだが,双曲性の概念が必ずしも直接,数値計算の安定性に反映しない ことも発見することになった.これは,双曲性の議論で無視されてしまう,非特性項の影響が 非線形なEinstein方程式では無視できないことを示唆するとも考えられる.そこで, 双曲性の概念とは別のアイデアで,長時間安定な数値計算を可能にするアプローチを探る ことになった.

対称双曲型をベースにして考案された「破れが自己回復してゆくシステム」 (asymptotically constrained system)を,我々はまず Maxwell方程式とAshtekar方程式で数値実例を示すことに成功した[1]. しかし,このシステムの構築には, 実は元の方程式の双曲性が必ずしも必要とされないことがわかった.我々は, その数学的根拠を,拘束条件式の運動方程式を非特性項まで含めて固有値解析することで 説明を試みた.

我々は, ADM形式の運動方程式に拘束条件式を加えることにより,破れが自己回復してゆくシステム を実現できうることを示し,Minkowskii背景時空で,その数値実例も示した[2]. また,Schwarzschild時空でも,予想される安定性を固有値解析から議論し,この分野に 将来的な指針を与えた[3]. 高次元宇宙モデルに適用可能であることも言及した[6].
さらに,同じアイデアをShibata-Nakamura (Baumgarte-Shapiro)による変形版ADM形式にも 応用し,彼らの改良点のどの部分が,実際の数値的安定性をもたらしたのか議論した.そして, 現在の式よりも,よりよい安定性が期待される方程式の組をいくつか提案した [4]
以上のように,拘束条件式の発展を固有値解析することは,定式化の安定性に関する予言を システマティックに可能にした.しかし,どのような条件下で安定となるのか,という点は より数学的に解明する必要があった.[5]では,固有値が縮退したときには, 固有空間が全空間を被えなくなり,固有値からの予言が完全ではなくなる場合について 注意を喚起した.

[1] Hyperbolic formulations and numerical relativity II: Asymptotically constrained systems of Einstein equation
with Gen Yoneda (Waseda Univ.)
Class. Quantum Grav. 18 (2001) 441 Abstract

[2] Constraint propagation in the family of ADM systems
with Gen Yoneda (Waseda Univ.)
Physical Review D 63 (2001) 124019 (9 pages) Abstract

[3] Adjusted ADM systems and their expected stability properties: constraint propagation analysis in Schwarzschild spacetime
with Gen Yoneda (Waseda Univ.)
Class. Quantum Grav. 19 (2002) 1027-1049 Abstract

[4] Advantages of modified ADM formulation: constraint propagation analysis of Baumgarte-Shapiro-Shibata-Nakamura system
with Gen Yoneda (Waseda Univ.)
Physical Review D 66 (2002) 124003 Abstract

[5] Diagonalizability of constraint propagation matrix
with Gen Yoneda (Waseda Univ.)
Class. Quantum Gravity 20 (2003) L31-36 Abstract

[6] Constraint propagation in N+1 dimensional space-time
with Gen Yoneda (Waseda Univ.)
to be published in Gen. Rel. Grav. Abstract

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世界の数値相対論グループの共通となる数値計算フレームワークづくり

ここ数年,Einstein方程式の定式化の違いによる数値的安定性の問題が注目され,さまざまな グループが各々独自のコードで独自の問題を報告してきた.我々は,このような混沌とした状況を 解決するために,数値計算の比較の土台となる共通問題を設定し,それを利用できる環境を提案した [1]

[1] Towards standard testbeds for numerical relativity
with Mexico Numerical Relativity Workshop 2002 Participants
M. Alcubierre, G. Allen, C. Bona, D. Fiske, T. Goodale, F.S. Guzman, I. Hawke, S. Hawley, S. Husa, M. Koppitz, C. Lechner, D. Pollney, D. Rideout, M. Salgado, E. Schnetter, E. Seidel, H. Shinkai, D. Shoemaker, B. Szilagyi, R. Takahashi, and J. Winicour
Class. Quant. Gravity 21 (2004) 589-613 Abstract

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Last Updated: 2004/3/1