真貝寿明 reviews:
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微細構造定数は,過去小さかった
reviewed 2001年8月19日
on the published article ...

Further Evidence for Cosmological Evolution of the Fine Structure Constant
Authors: J. K. Webb, M. T. Murphy, V. V. Flambaum, V. A. Dzuba, J. D. Barrow, C. W. Churchill, J. X. Prochaska, and A. M. Wolfe
Phys. Rev. Lett. 87, 091301 (2001) [astro-ph/0012539]

背景
8月16日にAP通信が伝えた,「光速度は過去にいまより大きかった」というニュース. 私は電子メールで今日知らされるまで知らなかったが,どうやらソースはこの文献の 出版にあるらしい.

論文内容
  構造微細定数$¥alpha$が変化するならば,QSO吸収系のUV resonance transitionの波長に影響が 出るはずだ.アルカリタイプのダブレットに対する相対論的$¥alpha$-splittingは, $¥alpha^2$で効くので,微小な差なら$¥alpha$に比例することになる.
 これまでのアルカリ・ダブレット(AD)法では,同じ基底状態からの比較を行わなけ ればならないために,微小な比較はできなかった.我々が新たに開発した,多マルチ レット(many multilet,MM)法がこの解析を可能にした.
 ここで用いたデータは,17個のQSOからの30吸収線系(FeII, MgI, MgII)で,AD法よ りも一桁よい精度.結果として,

$¥Delta ¥alpha/¥alpha = -1.09 ¥pm 0.36 ¥times 10^5$ for $0.5 < z < 1.6$ 
という値を得た.ここで,$¥Delta ¥alpha/¥alpha =(過去値¥alpha_z - 現在値 ¥alpha_0) / 現在値¥alpha_0 $ である.
 この結果は,以前の我々のデータ(PRL82(1999)884, PRL82(1999)888)と較べて, spectral fitting regionの定義方法を少し変え,今回は,$¥Delta ¥alpha/¥alpha$を完全なフリーパラメータとして扱って得られたもの.zとb-パラメ ータ(吸収線のvelocity width)がカイ2乗最小化で効いてくる.$¥Delta ¥alpha/¥alpha = 0$となるのは,4.1 ¥sigmaレベルである.ここで使った宇宙論パラ メータは,H_0=68 Km/s/Mpc, (¥Omega_M, ¥Omega_lambda)=(0.3,0.7). システマテ ィックエラーの多くはAD法とMM法とで共通であり,違うのはatmospheric dispersionとisotopic abundance evolution. 前者は,$¥Delta ¥alpha/¥alpha$をさ らに大きくする作用があり,最大限に見積もると,$¥Delta ¥alpha/¥alpha = (-1.19 ¥pm 0.17) ¥times 10^5$.後者も同様に結果をさらに拡大する傾向にあり, 数値シミュレーションによるシステマティックエラーの上限値を用いてre-fitする と,$¥Delta ¥alpha/¥alpha = (-0.96 ¥pm 0.17) ¥times 10^5$.よって,$¥Delta ¥alpha/¥alpha$が有意の値であると結論される.
 $¥alpha$の変化については,他にも制限がある.原子時計による140日間のデータ (PRL74(1995)3511)では,
$ | ¥dot{¥alpha}/¥alpha | ¥leq 3.7 ¥times 10 ^{-14} / yr $
Okloのウラン(z=0.1程度に相当)より(Nature 264(1976)340, NPB480(1996)37) $ -0.9 ¥times 10^{-7} < ¥dot{¥alpha}/¥alpha < 1.2 ¥times 10^{-7} / yr $ であるが,これらは,QSOのデータに較べて短時間のデータであり,制限値は model-dependentである.CMBゆらぎより$¥alpha$が過去に小さかった (PRD62(2000)123508, astroph/0008265)というレポートもあり,その傾向は我々の結 果と一致する.
 $¥alpha$変化の一つの帰結として,光速度cの変化する宇宙モデル (Barrow-Magueijo, CQG16(1999)1435, astro-ph/9901049; Clayton-Moffat, astro-ph/9812481)を考えることもできよう.なお,解析の詳細については, astro-ph/0012420 (submitted to MNRAS)を参照のこと.よりデータを増やした解析 を進行中.


 Fine Structure Constant $¥alpha = e^2 / ¥hbar c$ の変化を観測する,という テーマ自体は新しいものではないが,ここで結論された,「$¥alpha$が絶対的に変化 している(過去は小さかった)」という観測結果は大きなインパクトを持つものと思わ れる.しかし,この結果はあくまでも$¥alpha$が変化している,というもので,だか らといって直ちに光速度の大きさの変化と結びつくわけではない.
 光速度が時間と共に変化する,というモデルはLorentz invarianceと抵触してしま う.これをLorentz invarianceの定義を新たにしてモデル作りに励んでいる人々もい るようだ(J.Magueijo PRD62 (2000) 103521, available as gr-qc/0007036).また, 最近Sandvik-Barrow-Magueijo (astro-ph/0107512)は,電荷eが変化する場合の宇宙 モデルを議論している.
 いずれにせよ,宇宙論屋の立場からすれば,モデルの数だけ論文が量産できること になる.しかし,私が思うに,この種の議論で(面白いとして)生き残るのは,「数 あるモデルを統合するシンプルなモデルとそれに対する観測制限の提案」あるいは 「現在の$¥alpha$の値に$¥alpha$が収束してゆくメカニズム(あるいはモデル)の提 案」であろう.ストリング方面の話でこのようなモデルがどれくらいあるのか私は知 らない.

 余談.今までも一般相対論の対抗馬として,Brans-Dicke理論に代表される重力定 数Gが変化する理論を使って多くの論文が書かれていたが,最近Brans-Dickeパラメー タが3000以上という観測結果が出たこともあり,この分野は元気がなくなってしまっ た.現在Gの変化として「使える」理論は,「ある種のscalar-tensor理論は,時間発 展と共に一般相対論に収束してゆく」というDamour-Nordtvedtのモデルくらいであ る.日本人はこういう話は好きだが(私も論文を何本か書いたけど),全体から見る とマイナーな分野である.



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