真貝寿明 reviews:
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ブレーンワールドは現実的な議論をしているのか
reviewed on 2001年11月9日
on the published papers ...

Does brane cosmology have realistic principles?
D H Coule
Classical and Quantum Gravity, 18 (2001) 4265

背景
 高次元宇宙モデルが流行している[0].もともと超重力理論や超対称性理論では,理論の整合性から4次元以上の時空を導入することが標準として語られていた.しかし,現実の実験事実と矛盾しないように,時間1次元・空間3次元以外の次元は何らかの形で隠す必要があった.その伝統的なトリックがコンパクト化(compactification)である.時空が余剰次元方向には非常に小さく閉じている,と考えるのである.
 昨今の流行は,Arkani-Hamedら[1]による,(ミリメータスケールの)大きな余剰次元(large extra dimensions)存在の可能性の指摘に端を発する.彼らは,「重力のスケールが素粒子・核力などのスケールに比べてなぜ桁違いに小さいのか」という階層性問題(hierarchy problem)に対して,万有引力の実験がミリメータスケール以下では検証されていないことに注目し,ブレイン世界(brane world)のモデルを作った.高次元空間が,バルク(bulk)と呼ばれる余剰空間(重力場だけが存在)とブレイン(brane)と呼ばれる4次元空間(他のゲージ場が束縛されている)から成り立つとすれば,重力の極端な弱さが余剰次元の体積に比例して説明できるというのである.重力と他の場の棲み分けをさせる原理は,Dブレインと呼ばれる,超弦理論の非摂動的古典解(開弦(ゲージ場)の端が束縛される膜)で説明が可能である.閉弦(重力場)の伝播自由度は余剰次元でも保証されるのである.
 さて,Randall and Sundrum [2]は,余剰次元にコンパクト化をしなくても,余剰次元方向に(正または負の)宇宙項の存在を仮定すれば,重力場の(都合の良い)局在化が可能になる,というモデルを提案した.彼女らは5次元バルク中の4次元ドメインウォールがブレインであるというモデルで議論を行っている.バルクに宇宙項が存在すれば,ブレインの持つエネルギー密度(ブレインの張力)による時空の曲がりが相殺されるようになり,特に負の宇宙項ならばブレイン自体のエネルギー条件は守られ,バルク自体も非因子型計量(non-factorizable metric)即ち指数関数的に変化する空間となり,実質的に歪んだコンパクト化(warped compactification)が実現しうる.つまり,大きな余剰次元を必要とせずに階層性問題の解決が可能に成りうるのである.
 ブレイン世界の研究は,素粒子論・宇宙論・重力の研究者によって,現在非常に精力的に行われている.ここで紹介する論文は,その傾向に警告を発する,という趣旨である.

[0] 山口昌弘,日本物理学会誌,55-8(2000) p612-614
  板東昌子・中野博章,現代物理最前線5,2001,共立出版
[1] N. Arkani-Hamed, S. Dimopoulos and G. Dvali, PRB429 (1998) 263, PRD59 (1999) 086004
[2] L. Randall and R. Sundrum, PRL83 (1999)3370, 4690

内容
 ブレインモデルの多くは,高次元中のブレインの,静的な存在を仮定して議論を進めている. 完全宇宙原理 (perfect cosmological principle, PCP)あるいはmaximal symmetryを適用しているとも言える.
 かつてde Sitter時空は時間の方向性を持たないためにunsatisfactoryだと指摘されたことがあった.しかし,インフレーションモデルのように実際に物質の寄与を考えるならばこの問題は発生しない.同様に,宇宙項が負であるバルク中も,dilatonやmoduli fieldの存在のためにtimelike方向は確保される.だが,バルクが負の宇宙項をもつ状態で,PCPの対称性を破って我々のFRW宇宙の創成を議論するのは,あまりに理想化していないだろうか.その意味で最近提案されたEkpyroticモデル[*]は,一歩前進である.ブレインモデルは,高次元中のダイナミクスとしてモデル化されるべきであり,例えばanti de Sitterバルク部分の回転を考えたブレインモデルを考えるのも面白いだろう.
 負の宇宙項の仮定と,安定したブレイン,安定したコンパクト化の実現をダイナミカルな状況で両立させるのが可能かどうか.そもそも量子的に意味づけされた宇宙モデルが,古典的な描像をどこまで示唆できるものなのか,はなはだ疑問である.


 これは,CQG誌に掲載されたのだが,ほとんど文章ばかり(しかも英語が難解)の「解説文」である.単なる解説文がレフェリー二人を経由して掲載されたことに,昨今の流行に対する危惧感を表明する人が少なからずいることを示しているのではないだろうか.

 Ekpyrotic 宇宙モデル (Ekpyroticとはギリシャ語で大火の意味) とは,標準ビッグバン宇宙論とは異なる概念で時空の創成を語ろうとする新しいモデルである.2つの3次元空間(ブレーン)が余剰次元空間(バルク)を経由して衝突・合体し,その際の運動エネルギーがクォーク・電子・光子などに転化しそれらが現在の宇宙の源になった,というのがシナリオである.有限温度から宇宙が始まるのでモデルに特異点は発生しない.エネルギー的に平坦なブレーンが好まれるとすると,合体で発生する時空も平坦である.標準ビッグバンモデルで多数発生してしまうモノポールも,このモデルではそれほど高温でないために問題とならない.合体が全体で全く同時とは考えられないので構造形成の種となる「ゆらぎ」も発生する.インフレーションモデルの一つの重要な結論であった,スケールに依存しないスペクトルも,このモデルで可能である(らしい).
 J Khoury, B. A. Ovrut, P. J. Steinhardt and N Turok, hep-th/0103239
 R Kallosh, L Kofman, A Linde, A Tseytlin, hep-th/0106241

 Ekpyrotic 宇宙モデルも,ブレーンワールドも,斬新すぎるアイデアである. まだまだ多くの課題が残されていて多くの仕事ができることは間違いないが, 早速この話に飛びつくのは決心が必要だ.

 インフレーションモデルは場の量子論に立脚し,20年に渡ってあらゆる側面から研究されてきたモデルである.モデルの多くは簡略化されたスカラー場の存在を仮定して議論されるが,その仮定から得られる多くの帰結は自然で標準パラダイムと成りうるにふさわしい.今後宇宙背景輻射のゆらぎの観測が進むにつれ,モデルの良し悪しが議論されてゆく.
 それに対して,エクピロティックモデルは,まだ証明されていないstring理論のアイデアをベースにしている.そしてそれが説明しようとする余剰次元のアイデアも,「現在のところ実験結果と矛盾しないので,論理的に排除されていない」といった状況と言えなくもない.今後TeVスケールの加速器実験で余剰次元の存在自体が否定されるかもしれないことは,覚悟しなければいけない.  



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