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国際交流

国際交流センター長からのメッセージ

海外へGo、海外からWelcome

国際交流センター長 森實俊充

皆さんは、グローバル化が叫ばれる時代に生まれてきました。
海外で生活をするというのはどんな感じだと思いますか?
また海外生活を経験すると、自分がどう変わると思いますか?
日本をどのくらい知っていますか?

愛媛県に住んでいた私は、まだ瀬戸大橋すらなく、本州に行くことを「海外旅行する」と友達と言い戯れながら、また、外国なんてテレビの中の世界の話、東京ですら住む世界が違い過ぎて、海外には憧れすら沸かない。そんな高校生時代をすごしてきました。なので、英語といえば完全に受験英語、話すどころか、よく出る問題は、発音記号すら暗記の対象でしたので、大学に入って最初の英語の授業時間に、教授に"city"の発音を何度も直され、最後にはもう良いと言われたという、恥ずかしい思いをした記憶があります。

そんな私が(でも)、東京に出て、さらに海外デビューを果たしたのは大学生時代。本格的に海外に行きだしたのは、ヨーロッパに直行便が本格的に飛び始めた頃だったと記憶しています。博士課程(今の工大で言うと博士課程後期)学生だった私の、海外デビューは、自分の研究を発表するための国際学会参加で、指導教授の「学会の会場で会おう」と言う言葉一つで、否応なしに一人旅となりました。あまり流暢に英語が話せない私は度胸だけはつきましたが、向こうではかなり大変な経験をしたのを今でも覚えています。

さらに、就職してから海外に住む機会にも恵まれました。ただし、住んだ場所は、スイス。ジュネーブで使われる言葉はフランス語。大学時代に第二外国語をドイツ語ではなくフランス語にしとけば良かった、と後悔しながら、、ただ、半年という短い時間でしたが、海外の学生と一緒に研究室で過ごし、英語で研究を一緒にしたというだけで、英語の意思疎通もある程度できるようになり、非常に有意義な時間を過ごしました。

その後、海外に行った時や、来日された方を案内するときに日本の事を聞かれる機会が増えました。彼らの日本に対する好奇心は、多岐に渡ります。もちろんアニメや漫画はその一つではあるのですが、私の場合「若くないから分からない」で済ませられます。でも、日本での宗教や歴史、古い文化や文化財などを聞かれて「知らない」と答えるわけにはいきません。「如来」と「菩薩」の違いなんて当時は考えてもみませんでした。聞かれるまでは。日本人でありながらあまり良く知らなかった日本や歴史を知ろうとするきっかけになりました。当時嫌で嫌で堪らなかった日本史を、今ならきっと進んで勉強するだろうなとさえ思えてしまいます。

このように、今の自分があるのは、少しずつ、だけども着実にステップアップした貴重な海外経験のお陰です。

ということで、苦労をしながらも、さまざまな海外経験を積んできた私ですが、今センター長をしている「大阪工業大学国際交流センター」では、学生の皆さんにいろいろな海外渡航のチャンスを提供しています。当時の私に比べて更に身近に、また気軽に海外を体験することが可能です。プログラムは目的も参加形態もまちまちで、スタートアップ型(語学研修や文化体験)、専門交流型(海外協定校との共同プロジェクト)、インターンシップ型(海外協定校との研究室ワーク)、専門連携型(海外研究支援)など、多彩なものを用意しています。また、同様のプログラムで海外協定校から本学へ派遣されてくる学生も増加しています。

で、最初の質問に対する私の回答です。

”海外で生活をするというのはどんな感じだと思いますか?また海外生活を経験すると、自分がどう変わると思いますか?”
「やってみないと(経験しないと)分からない。だから海外へGo!」

”日本をどのくらい知っていますか?”
「日本を知るきっかけは海外の方に説明するところから。だから海外からWelcome!」

これからの皆さんの心強い手助けになれれば幸いです。

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