SPECIAL INTERVIEW

創業から120年継承される知的財産への意識

知的財産権は企業の
存在意義や価値、収益を守ります。
そのため知的財産に関わる仕事は、
会社の経営を左右する可能性も。
しかし、ただ自社を守ることだけが
目的の受け身の仕事ではありません。
知的財産の発掘・管理・活用を
会社の活力につなげているのが
サントリー。
そこで
サントリーホールディングス株式会社
知的財産部の小畑浩部長と
谷本すみれさん、
商標部の山本敬一課長から
本学知的財産学部の吉田悦子准教授が
サントリーが放つブランドイメージと
知的財産との関連性や
その仕事に関わるやりがいを
うかがいました。

SPECIAL INTERVIEW

美味しさと共に商品の周辺に広がる世界観も提供するサントリー

サントリーホールディングス株式会社

1899年創業。国産初の本格的ウイスキーを販売し、その後もビール、スピリッツ類など日本の洋酒市場を牽引しています。1980年代の事業改革によりウーロン茶や緑茶、ジュースや缶コーヒーなどの清涼飲料水、健康食品の事業にも進出し成功を収めています。豊かな世界観を表現しドラマ性に富んだ広告・宣伝も人気。知的財産への着目も一早く、食品業界では最大規模の関連部署により各知的財産権の管理・活用を経営戦略の重要課題に位置付けています。

  • 小畑 浩

    サントリーホールディングス株式会社
    ものづくりCoE本部
    知的財産部 部長

    小畑 浩

  • 谷本 すみれ

    サントリーホールディングス株式会社
    ものづくりCoE本部
    知的財産部

    谷本 すみれ

  • 山本 敬一

    サントリーホールディングス株式会社
    リスクマネジメント本部
    商標部 課長

    山本 敬一

  • 吉田 悦子

    大阪工業大学
    知的財産学部 
    准教授

    吉田 悦子

    専門分野
    知的財産法

以下、敬称略

世の中にない新しい価値を提供する精神

吉田サントリーは、飲食を中心に日本の社会と共に成長してきた企業です。その成長を現在まで支えてきた精神や信念について、ブランディングといったお話をうかがう前に聞かせてください。

小畑サントリーといえば「やってみなはれ」という、創業者・鳥井信治郎の言葉が広く知られています。サントリーは1899年、日本に西洋文化が根付いていない時代に「赤玉ポートワイン」という葡萄酒造りを少ない人数で始めました。それが売れた後も満足することなく、ヨーロッパで戦争があって輸入品が手に入りにくい状況で、ウイスキーという、日本にはなかった洋酒を国産化する壮大な計画を立てて決行しました。ウイスキー造りは原酒を樽で長年貯蔵します。しかも良いものになるかどうかの保証はない。そうした事業にエネルギーを注ぎ込んだところに「やってみなはれ」精神が表れています。「やってみなはれ」とは世の中に新しい価値を提供していくことであり、その精神が脈々と今まで続いていると考えています。

吉田「やってみなはれ」という創業者の言葉に、「サントリーらしさ」が表れているのですね。

谷本「やってみなはれ」に表された「サントリーらしさ」を、今は世界に向けても広げていこうとしています。

山本社内でも部門を越えて遠慮なく話し合い一つのものを作り上げていく文化があり、そうした自由闊達な雰囲気がより良い商品やサービスにつながっていると思います。

大阪弁のまま継承される「やってみなはれ」

吉田サントリーといえば、今はお酒以外の事業も広がっています。

小畑焼酎ブームが起きた1980年代にウイスキー以外で柱になる事業を起こそうと、ウーロン茶や缶コーヒー、健康食品などを発売し、今はそれらも大きな売り上げを上げています。若い人の中には「『伊右衛門』のサントリー」と思っている方もいらっしゃるかもしれません。実はお酒以外の事業に進出したのはその時が初めてではありません。ウイスキーは仕込んで5年、10年と貯蔵しますので、その間は売れる商品がない。長く売り上げの目途が立たない期間の経営を支えるため、カレーやソース、歯みがき粉などを販売した歴史があります。その実績が80年代に役に立ちました。

吉田事業が多様化していくなかブランディングという点で、お酒以外の、例えば食品をプロモーションしていく上でどのように商品の価値を伝えていくかについて共有していることはありますか。

山本サントリーは創業時から宣伝・広告に力を入れている会社です。例えば1907年に発売した「赤玉ポートワイン」は、日本初のヌードポスターを使いました。女性が両肩をあらわにした姿は話題となり「赤玉ポートワイン」の名を高めました。そして商品の良いところだけではなく、商品が持つ世界観をお伝えしてきた。「伊右衛門」であれば、日本人が昔飲んでいた緑茶を表すため竹筒の形のボトルを使ったり、昔の時代設定でCMを制作したり。あるいは飲んでいただく場面を想起しやすいような広告を作ったり、そういったところを心がけています。

小畑『赤玉ポートワイン』を売り出した時、創業者はすでに知的財産を意識していたと思います。『赤玉ポートワイン』を類似品から守るため、「赤玉」の商標を取るに当たり「紫玉」「青玉」などの周辺も押さえていますから。また「『赤玉ポートワイン』は健康にいい」という推薦状を学者からいただき広告にした。それも知財だと思います。そのように一つの商品をあらゆる観点で守り、新しい価値を作り、他社が真似できないようにしながら、ブランドを確立していったのです。

吉田創業時から、知財をビジネスツールとしてだけではなく、「サントリーらしさ」を確立・発展させる視点で捉えていたようですね。お話をうかがうほど、サントリーが創業時の精神を大切にしていることが分かります。社員の方々は、その精神をどのように受け継いでいるのでしょうか。

谷本「やってみなはれ」の精神を継承する一つの例としては、毎年開催される「やってみなはれ大賞」が挙げられます。「やってみなはれ大賞」は、世界中のサントリーグループ社員が自らの旗を掲げ、結果にこだわり挑戦を続ける風土を醸成していくことを目的としております。この制度では、さまざまな部署が「こういうことをやってみたい」という提案をし、1年間そのテーマに向けてチーム戦で競います。普段やっていない業務や「おもろいこと」にも挑戦する場が設けられており、このような活動を会社として後押ししているのはサントリーらしいと思います。

吉田始まりは大阪ですが、拠点を東京に設けても「やってみなはれ」という大阪弁のまま根付いているのですね。

山本サントリーは大阪が発祥の企業ですから大阪弁は“公用語”とも言えます。普通に大阪弁が飛び交っています。さすがに議事録は標準語ですけど。

小畑人が集まると、「おもろいこと」をしようという雰囲気になります。社内のイベントも、「そんなことをするの?」というようなことをしっかり企画します。例えば年に1回、東京ビッグサイトを借り切って、社員が何千人も集まってソフトバレーボール大会を開いています。また「やってみなはれ」はアルファベットで「Yatte-Minahare」と書いて海外のグループ会社のオフィスに張り出し、現地の従業員にも創業時の精神を伝えています。

意匠(デザイン)の工夫で、新しいボトルを実現

吉田サントリーには、多様な商品がありますがブランディングの役割は益々重要となりそうですね。

山本新しい技術の開発、新しいライフスタイルや飲み方の提案には今後もチャレンジしていきますので、新しい商品やサービスはこれからも出てくると思います。そのため皆さまに親しんでいただくブランドがこれからも出てくることを期待していますし、それをサポートするのが、知財に関わるわれわれの仕事です。しかも市場のグローバル化は急伸しています。それに伴い新しい商品、新しい技術開発が増え、特許もどんどん生まれています。われわれも広い意味でブランドを守るため事業部門や研究部門とコミュニケーションを取って権利化などを進め、それが競争優位に役立てばうれしいと思っています。

吉田サントリーの商品には広告のキャッチコピーとは別に、さまざまなメッセージが記されています。それらに共通した商標に関する戦略はあるのでしょうか。

山本商品開発にはたくさんの社員が関わっています。研究者とマーケティングの人が話をしながら商品名やデザイン、中味設計などの商品化を進めていきます。デザインに関しては社内にデザイナーがいることがサントリーの強みです。それぞれの商品でどういった価値を提供していきたいのかをすり合わせ、その商品の世界観が構築されていきます。商標を担当する私たちもその段階から参画し、商品名はもちろん、キャッチフレーズのような広告表現についても権利化を提案し、実際に権利化した事例もあります。特許についても同じであり、研究者等と連携しながら権利化を進めています。

吉田ラベルを剥がす『伊右衛門』のコマーシャルを観ると、商標のみならずパッケージなどの意匠面での展開も期待されそうですね。

小畑ボトルの形状も試行錯誤しています。おそらく日本の飲料会社では、ペットボトルの形状を最も多く設計しているのではないかと思います。『伊右衛門』でラベルの裏面におみくじを付けたのは、ペットボトルをリサイクルする時にラベルを剥がすのを手間と感じるのではなく、楽しんで剥がしていただけるラベルにしようと考えての仕掛けです。

吉田ボトルやラベルに対するアプローチが、単に飲み物を入れる容器だけではないところで展開しているのですね。

小畑そもそもラベルはなくてもいいのではないか、という考え方もあるのですが、表示しなければいけない情報が法的に決まっているので難しい。そこでラベルレスの『伊右衛門』は原材料など法的に表示義務のある情報はシールにしてボトルに貼り、従来の胴巻きラベルはなくすことで特許技術である緑色のお茶をよく見えるようにしました。

山本ラベルレスは環境に配慮した取り組みでもありますね。

コミュニケーションが決め手となる知財の仕事

吉田知財は一つのアイデアから生まれ、さまざまな仕事とつながる架け橋になります。そこで大切なこととしてコミュニケーションが挙げられます。例えば、共に創っていく発想。これを共創コミュニケーションといっていますが、そういった発想が、サントリーからはこれからも出てくるのだろうと期待できます。皆さんが知財に関わり、やりがいを感じた瞬間を教えてください。

谷本私は発明者から感謝された時です。知財の仕事ではまだ世の中に出ていない最先端の技術を知る機会がたくさんあります。研究者や発明者とディスカッションをしていく中で新たなアイディアが生み出されることもありますし、研究者だけではなく、さまざまな事業の担当者と関わることができることに、おもしろさややりがいを感じます。

小畑私は特許出願を担当していたことがありますが、特許を出願したことでどんな効果があったかは分かりにくいものです。同じような商品が市場になければ、その特許があるから他社は販売や開発などを控えているのかも?と想像できるのですが、正直実感はしにくい。しかし、あとから他社の特許が公開されて、同じ特許を出願したことが明らかになった時は、競争に勝ったという実感はあります。この時に知財に関わるやりがいを感じられます。

山本私も事業貢献を感じられた時です。例えば日本でも海外でも共通の商品名を使いたい、といわれる時があります。しかし権利は国ごとなので簡単ではありません。時々言われるのは「あとは商標だけ。商標をクリアできればローンチ(発売)できるんです」と。そうしたときに、代理人や他の商標部メンバーと力を合わせ、その障害を乗り越え商品が世の中に出た時は嬉しいです。商標登録で苦労した国に出張に行き、現地でその商品が並んでいるのを見ると「少しは事業に貢献できたかな?」と充実感が得られます。

裾野も間口も広がりつつある知財の可能性

吉田そうした知財に関わる仕事の価値を、人材育成という点でどのように伝えていますか。

谷本コロナ禍に見舞われた時期に「知財の寺子屋」というコンテンツを始めました。コロナにより対面で人と会う機会が減ってしまい出社していれば、「こういうことに困っているんだよね」といったことが自然と耳に入ってくるのですが、それも難しくなってしまった時期がありました。また知財の領域が広がっていることもあり、知財について社内にもっと知ってもらおうということで「知財の寺子屋」を始めました。月に1回30分くらいの時間を取って「知財ってなに?」というレベルの方にも分かりやすいように、社内外の事例を取り上げて知財の話をしています。自分の仕事と知財とのつながりを知ってもらったことで、それまで付き合いの少なかった部署からも問い合わせが増えました。基本はウェブ配信で、知的財産部の社員と商品の開発に関わる人や発明者との2人で、対談形式のラジオ番組のようなスタイルで配信しています。発明に至ったきっかけなども話していただくことで、商品の背景が営業担当者にも伝わり、その知識を営業活動に使えたという声をいただきました。このように「知財の寺子屋」を通して、社員の知財に対する意識が向上したのではないかと思っています。

山本知財に関しては、そのように全社的なアプローチが増えていると思います。商標に関してもこれまでは商品名を考えるマーケティング部門に向けた啓発活動を重点的にやってきましたが、知財を活用する場面が宣伝や営業と広がっているため、幅広くアプローチしていくことに力を入れるようになりました。

吉田最近では上司と一緒に社内IDでタッチ購入する自動販売機「社長のおごり自販機」をニュースでみましたが、デジタルでリアルなコミュニケーションを活性化するという発想にも、楽しむ要素が詰まっていますね。

小畑今まで知財は研究開発に関わること、という先入観がありました。しかし今は、ものの売り方も知財として活用できるようになってきました。そのため知財に関わる人の裾野や間口を広げようとしているのです。

吉田今日は創業時の精神からブランディングに至るまで様々な話をうかがい、知財に関する裾野の広がりを実感しました。皆さんも入社された時と比べ、知財観が広がったのではないでしょうか。

谷本そうですね。当初は事務作業や会計業務が多い仕事をイメージしていましたが、今は全くそうではなく、コミュニケーションを取ることが知的財産部の最も大切な仕事だと実感しています。発明技術や事業の話を引き出して、商品やサービスの価値のありかを見極めて、それを知財という形にしていくのが仕事だと考えています。

吉田これから知財を学ぶ若い人たちにとっても、今思っている世界観よりも広いところに自分の目標を置けることが伝わるのではないかと思います。

これから知的財産を学ぶ学生へのメッセージをお願いします。

小畑 浩
小畑 浩

デジタル技術の急速な発展により、従来とは全く異なる商品やサービスの提供が可能になり、知的財産の領域も広がっています。こうした状況で力を発揮できるのは、若い人たちです。大事なことは、異分野の人とのコミュニケーション。対面で人と言葉や考えを交わす力を、学生時代に身に付けてください。

谷本 すみれ
谷本 すみれ

知財を活用していくには、市場を理解し攻めどころを見極める必要があります。市場を理解する基礎力を身に付けるため、まずはスーパーやコンビニ、展示会・見本市等に行って世に出ている商品やサービスを見てみましょう。商品を手に取り、商品の価値はどこにあるのか考えてみたりすることで、市場や商品と知財をつなぐ思考回路が養われると思います。

山本 敬一
山本 敬一

知的財産に関して条約があり、制度設計の基本は世界共通です。法律は国によってさまざまですが、知財の共通基盤は共有されているため、どの会社どの国でも共通言語で会話ができる点に、知財の面白さを感じています。また知財には法律や技術開発などの要素が複合的に詰まっているため、多様な分野の人と関わりを持つ点も魅力といえます。

本座談会のまとめ

サントリーで知的財産に関わる
仕事に就く方々は
研究開発から営業に至るまで
さまざまな部署と連携し
コミュニケーションを取り続けている
ことがうかがえました。

同社の商品やコマーシャルが一目で分かる輝きを持つのは
その背景に知財の盤石な管理と
果敢な活用があるからのようです。

グローバル化やデジタル化により
変化が著しい現代
経営における知的財産の重要性は
高まる一方です。

大阪工業大学は、日本初の知的財産学部で
知的財産の専門知識を
幅広く社会で活用できる
人材を育成しています。

みなさんも知的財産を学び
次世代の担い手となる能力を
身に付けてみませんか。

超知的財産学科