大阪にあった特許図書館

知的財産専門職大学院 
教授 山﨑 攻

山﨑 攻
 1年前の2012年3月まで大阪に特許関係資料だけを集めた図書館がありました。明治時代の日本特許の第1号から外国特許や珍しい満州国の特許まで、特許庁にもない資料を含めて42万冊余(うち8.2万冊はパナソニックからの寄贈)の特許資料があり、開架式で大量に検索することができました。この図書館は四天王寺前の谷町筋に面しており、日本弁理士会近畿支部など知財関係の諸団体も同居し、「知財のワンストップ・サービス」ができる日本で唯一、世界でも類を見ない特許図書館でした。ここの利用者の便宜を図るために「関西特許情報センター振興会」という団体が組織され、私がその理事長を務めておりました。「関西」と銘打っていますが、日立やソニーなど関東系の企業からも利用が多く、他社から特許侵害で催告された時など、大人数で新幹線に乗ってやってきて無効資料探しに専念している姿をよく見たものです。

 ところが、IPDLの普及などで紙資料から電子情報化、さらにネット化が進むと特許図書館の利用者も激減し、大阪府では廃止の方向を出し、すべての特許情報資料は溶解し、廃棄することになりました。大阪府の巨額の赤字を考えると無理もないと思いますが、貴重な特許情報資料は捨ててしまえばこの世から消え去ります。何とか残すすべはないものかと振興会で検討をしました。そこで、当時の菅直人(弁理士で特許事務所所長)首相に直接お願いしようと「資料保存に関する嘆願書」を作成し、代表の何人かが首相公邸に行きました。もちろん、特許に関心のある大阪府議会議員にも働きかけ、なんとか資料を残してほしいと活動しましたが、結果的にはすべてむなしく、結局、溶解し廃棄されました。

 現在も続いている特許関係のいくつかのイベントは関西特許情報センターから全国的に発信したものです。私が理事長になってまもなく振興会が設立50周年を迎えました。いくつかの記念行事を企画しましたが、「特許検索競技会」もそのひとつです。第1回は夕陽丘の特許図書館で開催しましたが、全国から40名余の競技会参加者が集まり、金賞には長野県諏訪の特許情報調査の個人経営者の女性が選ばれました。特許検索は女性に向いた仕事かもしれません。歴代上位入賞者には女性が目立ちます。2年目からはこの競技会は全国規模になり、INPIT(工業所有権情報・研修館)と共催になり、東京会場と大阪会場の2本立てで開催し、参加者も2倍以上になりました。ちなみに、大阪会場は例年、大阪工大大宮キャンパス6号館の情報研修室で開催しています。ほかにも、知財井戸端会議など知財人脈形成に役立つ行事も開催していきました。

 50周年で基本の考え方としたのは、「特許情報が電子化、ネット化されても、最後はそれを利用する人間で決まる」ということです。「コンクリから人へ」を掲げた首相も居りましたが、特許情報活用に貢献した人を表彰しようということになり、毎年7月に開催される振興会の総会で表彰してきましたが、特許図書館が廃止されることになり、振興会も解散することに決めました。振興会のメンバーからも「振興会を解散するのはやむを得ないが、この表彰制度は何とか残してほしい」という要望が多く寄せられました。幸い、振興会には約1年分の活動費に相当する基金が残っており、振興会の思いを引き継いでくれる組織に表彰制度を引き継ぐことになりました。するとJapio(日本特許情報機構)が引き受けたいと希望してきましたので、私も先方の理事長に会いに行きました。先方では「是非、この思いを引き継ぎたい」というので、基金からまとまった金額をこの機構に寄付することにしました。機構ではさらに発展させて「特許情報普及活動功労者表彰」とし、「特許庁長官賞」も付け加え、2012年秋に第1回の表彰式が東京で開催されました。

 このように、当初は関西地区の行事だったものが、全国レベルになった例がいくつもあります。世界に普及した「回転寿司」や「インスタント・ラーメン」が大阪発であったように、大阪の闊達な風土で生まれたアイデアがいつの間にか日本全国に広がって行きます。まさに「アイデアは大阪から」といえるでしょう。


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