宇宙推進工学研究室<Advanced Rocket Lab.>



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    ホールスラスタの基礎と最近の開発状況
     ホール推進機は図1に示すように、円環状の加速チャンネル内に径方向の磁場と軸方向の電場を印加した構造であ
    り、中空陰極より放出された電子の一部はチャンネル内に入射し、磁場との相互作用(E×Bドリフトにより周方向に
    回転する)によりチャンネル内に閉じ込められ、推進剤ガスとの電離衝突により効率よくプラズマを生成する。生成
    されたプラズマ中の正イオンは陽極と陰極の間の電位差により下流に向かって静電的に加速される。噴出したイオン
    は陰極から放出された電子により中和される。電磁流体力学的には、誘起された周方向ホール電流と径方向磁場の相
    互作用による電磁力で生成プラズマが軸方向に加速されると見なせる。推進剤にはキセノンが主に用いられる。ホー
    ル推進機ではイオンがプラズマ中で静電加速されるために空間電荷制限則によるイオン電流密度の制限を受けないの
    で、推力密度が通常のグリッド型イオン推進機に比べて1桁大きい。比推力1000〜2000秒、推進効率50%程度が得ら
    れるため、地球近傍ミッションに適した推進機として商業化が進められている。

    図1 ホール推進機の構造と加速原理
    ホール推進機の研究開発は1960年代からロシア(旧ソ連)において盛んに進められ、1970年代からこれまでに100基
    以上のStationary Plasma Thruster(SPT)と呼ばれる推進機がロシアの宇宙機に搭載された。その後アメリカ、フ
    ランス、日本でも基礎研究、実機開発が行われ、2003年にSMART-1ミッションの主推進用、2004年に静止衛星3機
    (MBSAT、Intelsat10-2、Inmarsat-4F1)の南北位置制御用にPPS1350、SPT推進機が用いられている。日本では準天
    頂衛星搭載用の3-5kWホール推進機の開発研究が三菱電機(株)と大阪工業大学の共同研究として行われている。代
    表的なホール推進機の性能を表1に示す。これまでに1500時間以上の宇宙作動と10000時間を越える地上作動の実績
    がある。
    表1 代表的なホール推進機の推進性能

     ホール推進機にはSPTに代表されるマグネティックレイヤー推進機(Magnetic Layer Thruster)とアノードレイ
    ヤー推進機(Anode Layer Thruster; 一般にはThruster with Anode Layer(TAL)と言う)がある。また、これら
    はそれぞれリニア型、シース型とも呼ばれている。前者の加速チャンネルはセラミックス製であり、その長さは幅
    に比べて十分長い。一方、後者の加速チャンネルは金属製であり、その長さが幅に比べて極端に短い。マグネティ
    ックレイヤー推進機の磁場は加速チャンネル出口付近の磁束密度を大きく陽極方向に激減するように印加されてい
    る。これにより、チャンネル出口付近で推進剤の電離と加速を一気に行わせ、イオンの壁面損失を押える方針であ
    る。さらに加速チャンネル壁にボロンナイトライド系のセラミックスを用いて壁面の電子衝突による二次電子放出
    特性を制御する。プラズマの電子温度とチャンネル壁面に形成される電気シースの電位・厚さはこの特性に敏感で
    あり、前者は推進剤の電離過程、後者は壁面のイオン損失に大きな影響を与える。一方、アノードレイヤー推進機
    もロシアを中心に研究開発されてきた。この推進機の金属製加速チャンネル壁の二次電子放出係数はセラミックス
    のそれに比べて小さいのでプラズマの電子温度が上流方向に急激に高くなり、推進剤の電離と加速が陽極近傍の薄
    い層(アノードレイヤー)で起こる。マグネティックレイヤー推進機に比べて、推力密度が大きく金属製加速チャ
    ンネルの寿命が長いと言われているが、安定作動範囲が狭い。
     典型的な低電力マグネティックレイヤー推進機の作動状態と性能特性を図2に示す。加速チャンネル出口付近の
    最大磁束密度は0.015T程度である。放電電圧が150V以上になると放電電流はほとんど変わらず定電流特性を示す。
    これは加速チャンネル内で推進剤の十分な電離が維持され、磁場中の軸方向電気伝導特性の変化が小さいためであ
    る。推力は静電加速則に乗りほぼ放電電圧の1/2乗に比例して増加するが、500Vを越えると加速チャンネル壁への
    イオン衝突が激しくなりその伸びは押さえられる。推進効率は推力の増加と共に大きくなる。放電電圧は100〜400V
    とアークジェット推進機、MPD推進機に比べて高く、これがプラズマ生成に要するエネルギーが占める割合を低
    下させ、高い推進効率を生む要因となっている。放電電圧を一定にしてチャンネル出口付近の最大磁束密度を変化
    させた場合、放電電流が最小になる磁束密度が存在し、推力はほぼ一定になる。放電電流最小のとき推進効率が最
    大になり、推進機の最適磁束密度としてこの作動条件が選択される。プラズマ電位はチャンネル内部出口付近で放
    電電圧の1/2〜2/3程度急激に低下し、さらに下流の中空陰極にかけて降下していく。同時に、電子温度は15から2
    eV程度まで、プラズマ密度は1018から1017m-3台まで減少する。
     最近、深宇宙探査ミッションを目指したホール推進機の高比推力化のために、高電圧500V以上の作動、キセノン
    より軽いクリプトンの利用、2段式ホール推進機の研究などがなされ、また高推力化のために高プラズマ密度作動
    も行われている。更なる推進効率向上のために推進剤として、キセノンより重い、固体ビスマスが用いられ、その
    安定供給方法が研究されている。
     以上のように、宇宙ミッションの要求に合わせてホール推進機は進化しており、今後の研究動向は見逃せない。
    これまでの基本的なSPT推進機における、設計相似則の確立、寿命の予測(中空陰極の寿命と加速チャンネル壁損
    耗特性の予測)、磁場構造の最適化、加速チャンネル壁の二次電子放出係数の積極的な制御、放電振動の抑制と共
    に、“新しいホール推進機”の開発のためにはプラズマ物理・技術の積極的な応用が必要不可欠である。
       
    (a)ホール推進機THT-Wとそのプラズマ噴射状態 (キセノン質量流量:2.0mg/s;放電電圧:200V;投入電力:700W;加速チャンネルの材質・ 外径・内径・長さ:ボロンナイトライド焼結体,70,42,25mm) (流れは右から左へ、円筒形の加速チャンネルが青白く光っており、中心軸上にプラズマ流が収束している。)

    (b)性能特性
    図2 大阪工業大学における地上実験用のホール推進機THT-Wの作動状態と性能特性






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