宇宙推進工学研究室<Advanced Rocket Lab.>



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    導電性テザー推進の開発研究
    1.研究の背景
     導電性テザーシステム、すなわちエレクトロダイナミックテザーシステム(Electrodynamic Tethered System)と
    は、ワイヤーを地球磁場の下で移動させることで発生する起電力、もしくはローレンツ力を利用した宇宙システムで
    ある。このワイヤーのことをテザー(Tether)、テザーにより繋がれた衛星全体をテザーシステムと呼ぶ。プラズマ
    で満たされた宇宙空間において導電性のテザーで衛星同士を繋ぎ、地球磁場を横切るように周回させる。このときテ
    ザー衛星の速度vと地球磁場Bにより、見かけの電場(v×B) がテザーに発生し、長さLのテザーを有する衛星間に起
    電力(v×B・L)が生じる。テザー衛星周辺の宇宙プラズマの存在により、プラズマを介した電流経路が形成され、テ
    ザーに電流が流れる。また逆にテザー自身に電流Iを流したとき、長さLのテザーにローレンツ力(I×B・L) を発生
    させることもできる。これらの現象を利用して衛星の発電機や低燃料宇宙推進機への適用が考えられている。特に、
    テザーによる電磁力学的推進は、通常の推進薬を必要としないので、再使用型の宇宙機のコスト削減や作動済みシス
    テムおよび宇宙デブリの急速軌道降下による廃棄(脱軌道:Deorbit)などに検討されている。
     エレクトロダイナミックテザーの作動には、テザーと宇宙プラズマ層の間に電気的閉回路が構成される必要がある。
    宇宙プラズマとの接触の方法として、テザー先端の導電性電極球で行う方法、ホローカソードなどの電子/プラズマ
    源を用いて電子を放出・吸収する方法など、様々な方法が検討されている。特に近年、表面を絶縁物で覆わない導電
    性の細いテザー自身で宇宙プラズマ層から電子を収集する、図1に示すベアテザー(Bare Tether) が有効な手段と
    して有望視されている。この方法の利点として、大型電極球コンタクタと比較してより大きな電子電流が収集できる
    こと、装置が簡略・低コストですむこと、周辺のプラズマ密度の変化に関わらず常に一定の電子電流量が収集できる
    ことなどが挙げられる。
     宇宙プラズマからの電子収集は磁場の効果やプラズマの状態、宇宙構造物の帯電、テザーの形状などが相互的に作
    用していると言われている。ベアテザーによる電子収集では粒子軌道理論が適用できる。粒子軌道理論とは、いわゆ
    る厚いシース理論のことで、この理論により静止プラズマ中に置いた正の高電位を持った球もしくは円筒型の電極が
    得ることのできる最大の電流量である軌道運動制限(Orbital Motion Limited: OML) 電流が導かれる。その理論式
    は電子のエネルギー保存式と角運動量保存式のみから導かれ、テザー電位とプラズマ密度のみの関数となる。しかし
    ながら、この理論制限電流は無衝突で静止状態にある等方的なプラズマから得られる電流である。実際の地球磁場下
    で動くベアテザーは宇宙プラズマ層と相対速度を持っており、 テザーによる電子収集現象はこれまでのOML電流理論
    とは異なったものになると考えられる。
    図1 ベアテザーシステムの概念図 2.国内外の関連研究の現状
    ベアテザーの利点はその電子収集の効率のよさにあるが、その点を証明すべく数値計算やチェンバー実験を通してさ
    まざまな研究がなされてきた。 実際、LEOにおけるプラズマ環境は非常に複雑であり、TSS-1R宇宙実験(大型電極球
    コンタクタによる実験)ではParker-Murphy理論(OML理論とは異なるが、理想化された電子収集理論の一つ(薄いシ
    ース理論))の値を2〜3倍上回る量の電子電流が球状コンタクタにより収集された。その原因は未だ不明であり、
    その究明のために多くの理論が出されているが、その多くはプラズマの不安定性を考慮にいれたもので、それらの理
    論の証明には数値計算、チェンバー実験そして更なる宇宙実験が必要である。
     円柱状コンタクタであるベアテザーにおいても、LEOプラズマ環境の複雑さのために2次元OML電流理論がそのまま
    適用できるかどうかは不明である。LEO上のベアテザーは8km/sの速度で地球磁場を横切りながら軌道上を動いている。
    そのため、熱速度1km/sのイオンはテザーそのものの運動の影響を受け、熱速度100km/s以上の電子は地球磁場の影響
    を受け、テザーに対して相対的に3次元的に振舞う。 これらの効果により2次元OML電流を超える電流量が定常状態
    においても得られることがマサチューセッツ工科大学のParticle-In-Cell法を用いた数値計算で示されている。
    図2 大阪工業大学のベアテザー実験装置システム
    その究明のために多くの理論が出されているが、その多くはプラズマの不安定性を考慮にいれたもので、それらの理
     真空チェンンバーを使った地上実験はミシガン大学や大阪工業大学で行われている。プラズマ流速を変化させ、長
    さ、直径の異なる種々の形状のテザーサンプルへ流入する電子電流が測定された。 図2に示す大阪工業大学
    の実験では、プラズマ中でサンプルに収集される電流はプラズマ流速の増加と共に大きくなった。さらに、テザーサ
    ンプル周辺にLEO地球磁場に相当する弱い垂直磁場を与えると磁場無しの場合に比べて電流が増加し、2次元OML電流
    を超える電子収集が確認された。
    3.研究目的
     上述したように、本研究グループは LEOにおけるベアテザーの電子流入の状況を地上チェンバー実験で調べてきた
    が、その問題点として以下に示すことが明らかになった。1)空間的に広く均一な高密度プラズマ流の生成、2)空
    間的に広く均一な磁場と電場の形成、3)プラズマの非衝突性、である。
     1)に関しては、有限の大きさの真空チャンバー内で生成するプラズマのデバイ長と電子ラーマ半径の比を相似パ
    ラメータとしてLEOプラズマ環境と等しくし、かつテザーサンプル全域 (できる限り真空チェンバー内全域)を一様
    なプラズマで満たすことが必要である。また、真空チェンバー壁の影響をできる限り小さくするために、できる限り
    プラズマデバイ長を小さくする必要があるので、空間的に均一な高密度プラズマ流を生成しなければならない。グリ
    ッド型イオン加速器では密度が小さく、ホール型プラズマ加速器が最も望ましい。本研究では、これまで用いてきた
    電子サイクロトロン共鳴放電型プラズマ加速器(プラズマ密度が小さく、プラズマ流の空間均一性も悪かった)を変
    更し、テザー実験用のホール型プラズマ加速器を新たに開発する。
     2)に関しては、テザーサンプル全域に、それに垂直な磁場を一様に印加しなければならないが、これまでのソレ
    ノイドコイルの利用(簡便に磁場を印加できるが、空間均一性が悪い)から、大型磁気回路を利用することに変更し、
    磁場印加に関する改善を行う。電場の印加は電子ドリフト運動を正確に模擬するために必要であるが、空間的に大き
    な領域に印加するのは高密度プラズマ中では無理である。それゆえ、微小領域に限定し、電子ドリフトのみの影響を
    調べる模擬実験を行う。
     3)に関しては、真空チェンバー内でLEO環境の無衝突プラズマを生成できないので、宇宙実験が必要である。 宇
    宙におけるテザーサンプルを用いた実験が必要不可欠である。
     こうして、本研究の目的は、上記の1)と2)に示すように地上模擬実験装置を改良し、それを用いて、電流収集
    特性を取得すると共に、その定量予測が可能な物理モデルを構築することである。各種のプラズマ診断測定、数値シ
    ミュレーションを併用し、電流収集の物理過程の解明とそのモデル化を行う。本地上模擬実験と宇宙実験の結果を共
    に定量予測できる、実用的な電流評価モデルを構築する。
    4.研究の新規性・独創性・革新性
     米国で2003年に予定されていたベアテザー実験 :Propulsive Small Expendable Deployer System(ProSEDES)実
    験が中止になり、ベアテザーによる宇宙での電流収集評価はできなくなった。しかしながら、多くの優れた特徴をも
    つベアテザーの利用は今後ますます検討されていくものと予想される。本研究では、まだ理論が確立していないベア
    テザーの電流収集の物理を地上実験により解明し、その電流量を定量的に見積もることができる評価モデルを構築す
    る。最も基本的な軌道運動制限 (Orbital Motion Limited: OML)電流収集理論と比較検討を行うことにより、磁場、
    テザー、流れが互いに直行する複雑な状態での電流収集理論を確立する。本研究の成果は、ベアテザーの宇宙利用の
    ために必要不可欠であり、プラズマ物理の分野においても興味ある有益な知見を提供できるものと期待される。
    5.仮説およびその検証方法
     ベアテザーの電流収集理論は、現状では最も基本的な軌道運動制限 (Orbital Motion Limited: OML)電流理論し かない。地上チェンバー実験では、この理論電流値を基準に取り、作動条件を変化させ、電流特性を取得する。具体
    的には、ベアテザーを模擬したテザーサンプルにプラズマ流を照射し、サンプルに収集される電流を測定する。サン
    プルの直径・長さ、形状、サンプル電位、プラズマ流速、磁場(・電場)強度、プラズマ密度、電子温度を変化させ、
    その影響を調べる。また、テザーサンプル近傍のプラズマ状態の変化を調べるために、各種のプラズマ診断測定を行
    う。さらに、プラズマ粒子(Particle-In-Cell)シミュレーションを行い、現象の解明を行う。得られた全データを
    検討し、電流収集量を見積もることができる評価モデルを提案する。
    6.波及効果
    (1) 科学・技術進歩への貢献/社会・市場への貢献

     米国で中止になったベアテザー実験:Propulsive Small Expendable Deployer System (ProSEDES)実験は、デル
    タロケットの上段にエレクトロダイナミックテザーを取り付けて、ミッション終了後その軌道 (初期軌道は高度400
    kmの赤道面上円軌道)を落とそうというもので、初めてのデブリ処理への応用実験であり、初めての推進(減速)へ
    の応用実験となるはずであった。 長さ15km(裸線部分は5km)のテザーが最大0.5Nの減速力を発生させ、通常なら半
    年程度かかる落下期間を2週間程度に短縮できると見積もられている。NASAでは、今後の計画として軌道間輸送シス
    テム、国際宇宙ステーションの軌道修正用推進システムや木星におけるテザーの科学実験、輸送・発電システムへの
    応用が検討されている。日本においても、JAXAを中心に大学研究者と共同 (田原は研究グループの一員)で、
    ベアテザーのデブリ処理への応用が検討されている。
     ベアテザーの宇宙実験に引き続いて、デブリ処理などへ実用化されることになれば、推進剤を必要としないことを
    最大理由に、スラスタを用いた場合に比べて大きな重量上のメリット、さらにはシステムの簡便化など魅力的な特徴
    が生じる。今後の衛星市場への貢献度は計り知れない(図3)。
    (2) 特許等の産業財産権取得の見込み
    ベアテザーはその形状を工夫すると収集電流量が大幅に大きくなるという報告がある。すなわち、ベアテザーの電流
    収集過程を把握することにより、最適なベアテザー形状(断面形状)を提案することができる。特許としての出願が
    可能と考える。
    図3 導電性テザーを用いた宇宙ミッションの将来(NASA提供)
      7.研究計画
    (1) 平成19年度計画
    以下のように地上実験と数値シミュレーションを併用して研究を行う。
    1)地上チェンバー実験装置を改良する。ベアテザー実験用ホール型プラズマ加速器を製作する。磁場印加用大型磁
    気回路を製作・設置する。電場印加用の平板電極を設置する。
    2)改良した地上実験装置の特性を調べる。生成されるプラズマの特性を各種プラズマ診断法により調べる。プラズ
    マ密度、電子温度、プラズマ流速を測定する。また、印加磁場の形状・強さも測定する。
    3)テザーサンプルを配置し、作動条件を変えて、収集電流を測定する。テザーサンプルの直径・長さ、形状も変化
    させ実験を行う。
    4)数値シミュレーションにより、テザーサンプル周りの状態を調べる。プラズマ粒子(Particle-In-Cell)法によ
    り計算を行う。
    (2) 平成20年度計画 平成19年度に引き続き、地上実験と数値シミュレーションを併用して研究を行う。
    1)テザーサンプルへ流入する電流を測定すると共に、サンプル近傍のプラズマ診断測定を行う。テザー周りのプラ
    ズマ構造を調べる。
    2)数値シミュレーションにより、テザーサンプル周りの状態を調べ、上述のプラズマ診断結果と比較検討する。
    3)プラズマ診断、数値計算の結果を併用することによって、テザーサンプルの電流収集の物理過程を推定し、定量
    的に収集電流を予想できるモデルを提案する。





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