ベクトルポテンシャルとは何なのか?

大学で電磁気の授業が進むと、 「ベクトルポテンシャル」について次のように教わります。

磁束密度 $\bm{B}$ に対して $\bm{B} = {\rm rot} \, \bm{A}$ が 成り立つような $\bm{A}$ をベクトルポテンシャルと呼ぶ。
これを教わったとき、 $\bm{B}$ に対して $\bm{A}$ をどう決めれば良いのか、 とても悩んだのを覚えています。
私が大学で授業を受けたとき、 先生は「できます。やってみればわかります。」と仰いました。 なので、 授業の後でいろいろ考えてみたのですが、 当時の私には無理でした。 今なら、 ググれば答が見つかると思います。
少し前に、 自分で解いて一般解を求めてみました。 自分が納得するためだけのものなので、 かなり冗長ですが、よろしければどうぞ
確かに... 「やってみればわかります」と言われれば、 その通りなんですが...
到底、 物理的に意味がある概念とは思えません。

ところが現在では、 ベクトルポテンシャルは実在すると言われています。

最初にこの話を読んだのは、 確か [1] だったと思います。 その後で参考文献を見て [2] も読みました。
難しいところもありましたが面白かったです。 興味のある方はぜひ。
[1] 外村彰, "電子波で見る電磁界分布【ベクトルポテンシャルを感じる電子波】," 電子情報通信学会誌, Vol.83, No.12, pp.906-913, 2000.
(今でも https://www.journal.ieice.org/conts/kaishi_wadainokiji/200012/20001201-1.html で読むことができます。)
[2] 外村彰, ゲージ場を見る, ブルーバックス, 講談社, 1996.

では、 はたしてベクトルポテンシャルとは何なんでしょうか?


ベクトルポテンシャルとは何か?という問いに対して、 思い出しては考え、 思い出しては考え、 ... を繰り返しているうちに、 一応、 自分なりの結論が出ました。 おそらく、 以下のように考えるのが一番すっきりすると思います。
ただし、 大学の先生の中には、 この手の話に拒否反応を示す方もいらっしゃるようですので、 あくまでも自己責任でどうぞ。


  1. 特殊相対性理論によると、 異なる慣性系では時間や長さ等が異なって観測されます。 もちろん力も異なって観測されます。

  2. 慣性系 S' に静電界が存在すると考えてください。 その電位場を $V'$ とします。 そこに帯電した物体があれば、 静電界から電気力(クーロン力)を受けます。 物体の電荷量を $q$ とすると、 力は $\bm{F'} = -q \ {\rm grad}'\, V'$ です。 なお ${\rm grad}'$ は S' における勾配です。

  3. 前述したように、 慣性系 S で物体が受ける力は、 S' とは異なって観測されます。

    頑張ってその力を求めて、 整理して綺麗にすると、 次のようになります。

    どうやって求めたのかについては、 [4] か [6] を見てください。 この式は [4] の式 (8) ですが、 変数名が少し違いますのでご注意ください。

    \begin{displaymath}
\textcolor{blue}{\bm{F}}
= -\textcolor{blue}{q} \, \textcol...
...frac{\textcolor{red}{\bm{u}}}{c^2} \textcolor{red}{V'} \right)
\end{displaymath} (1)

    式中の変数が色分けしてあるのには理由があります。 黒字は定数です。 $c$ は光の速さです。 青字は S にいる観測者が直接観測することができる量です。 $\textcolor{blue}{\bm{F}}$ は物体が受ける力、 $\textcolor{blue}{q}$ は電荷量、 $\textcolor{blue}{\bm{v}}$ は物体の速度です。 赤字は S' に関する量で、 S にいる観測者から直接観測することはできません。 $\textcolor{red}{\bm{u}}$ は S' の速度、 $\textcolor{red}{\gamma_{\bm{u}}}$ はローレンツ因子と呼ばれる 量で $\gamma_{\bm{u}} = (1 - \vert\bm{u}\vert^2/c^2)^{-1/2}$ です。 $\textcolor{red}{V'}$ は S' における電位場です。
    例えば電流が流れているとします。 簡単のため、 その電流は真空中の電子の流れであり、 全ての電子が同じ速度で移動しているとします。 電子と同じ速度で移動する観測者には電子が静止して見えるでしょう。 したがって、 その観測者には、 電子により生じた静電界が存在しているはずです。 その観測者のいる慣性系が S' にあたります。
    もしも別の慣性系 S にいる観測者が、 電子の流れを電流と認識するのであれば、 その観測者が観測できるのは電荷の流量であり、 個々の電子の速度ではありません。 少なくとも Maxwell の方程式が組み立てられていった頃、 電子の速度(S' の速度 $\bm{u}$)が認識されることはなかったのでは ないかと思われます。

  4. 慣性系 S にいる観測者が青字の量を観測して、 力を求める式について考えたとしましょう。 もしその観測者が式 (1) を知らなければ、 間違いなく彼は次のように考えるはずです。
    \begin{displaymath}
\textcolor{blue}{\bm{F}}
= -\textcolor{blue}{q} \, \textcol...
...blue}{q \, \bm{v} \times {\rm rot}}
\, \textcolor{red}{(?_2)}
\end{displaymath} (2)

    $\textcolor{red}{(?_1)}$ $\textcolor{red}{(?_2)}$ は未知の量で、 それぞれスカラーとベクトルです。 2 箇所の $\textcolor{red}{(?_2)}$ は同じ量です。
    2 箇所の $\textcolor{red}{(?_2)}$ を見てから [1] を読むと、 「まさに Maxwell はこのように考えたのだろう」としか思えなくなってきませんか?

    S' の観測者には、 力が $V'$ によって定まるように見えるのと同様に、 S の観測者には、 力が $(?_1)$$(?_2)$ によって定まるように見えているわけです。 S の観測者は $(?_1)$$(?_2)$$V'$ と 同じような物理的実体と考えるでしょう。 ここで、 それぞれを

    \begin{displaymath}
(?_1) = \phi = \gamma_{\bm{u}} \, V'
, \ \ %
(?_2) = \bm{A} = \gamma_{\bm{u}} \frac{\bm{u}}{c^2} V'
\end{displaymath} (3)

    と表すことにして式を書き直すと
    \begin{displaymath}
\bm{F}
= -q \, {\rm grad} \, \phi
- q \, \frac{\partial}{\partial t} \bm{A}
+ q \, \bm{v} \times {\rm rot} \, \bm{A}
\end{displaymath} (4)

    となります。

  5. 式 (4) は物体の速度 $\bm{v}$ に依存する項と 依存しない項からなるので、 それぞれ赤字と青字で表すと

    \begin{displaymath}
\bm{F}
= -\textcolor{blue}{q \, \left( {\rm grad} \, \phi
...
...t)}
+ \textcolor{red}{q \, \bm{v} \times {\rm rot} \, \bm{A}}
\end{displaymath}

    となります。 この式を知った観測者は、 物体に対して、 物体の速度に依存しない力と物体の速度に依存する力が働いていると 考えるかもしれません。 それぞれを表す場を表すことにすると
    \begin{displaymath}
\bm{E} = -{\rm grad} \, \phi - \frac{\partial \bm{A}}{\partial t}
, \ \ %
\bm{B} = {\rm rot} \, \bm{A}
\end{displaymath} (5)

    のようになるでしょうから、 力は
    \begin{displaymath}
\bm{F}
= q \, \bm{E} + q \, \bm{v} \times \bm{B}
\end{displaymath} (6)

    と表されることになります。
    Heaviside や Hertz は、 このように考えたのではないかと思えます。
    この式はもちろん、 大学で習うローレンツ力の式と同じです。


慣性系 S では、 物体はローレンツ力(電気力と磁力)を受けているはずです。

S と S' における力の差異は、 電気力の差異と、 S にだけ存在する磁力ということになります。
したがって、 式 (6) より $\bm{E}$$\bm{B}$ は 電場(電界)と磁場(磁束密度)であるとわかります。 さらに式 (5) より $\phi$$\bm{A}$ は スカラーポテンシャルとベクトルポテンシャルであるとわかります。

ということは、 スカラーポテンシャルとベクトルポテンシャルとは何か? という問いに対する答は以下のようになります。

慣性系 S' に静電界 $V'$ が存在するとき、 慣性系 S にいる観測者には、 2 つの量 $\phi$$\bm{A}$ があたかも物理的実体のように見える。
式 (2) と式 (3) の間で説明した通りです。
それを我々はスカラーポテンシャルとベクトルポテンシャルと呼んでいる。 具体的にその量は

\begin{displaymath}
\phi = \gamma_{\bm{u}} \, V'
, \ \ %
\bm{A} = \gamma_{\bm{u}} \frac{\bm{u}}{c^2} V'
\end{displaymath} (7)

である。

あたかも物理的実体のように見える量ですので、 「実在する」と言われるのもわかります。



ところが問題は、 現在のスカラーポテンシャルとベクトルポテンシャルの定義は、

電場 $\bm{E}$ と磁場 $\bm{B}$ が与えられたとき、 $\displaystyle
\bm{E} = -{\rm grad} \, \phi - \frac{\partial \bm{A}}{\partial t}
, \ %
\bm{B} = {\rm rot} \, \bm{A}
$ を満たすような $\phi$$\bm{A}$
であり、 自由度を持ちます。 具体的には、
任意のスカラー場 $\chi$ を 用いて $\displaystyle
-\frac{\partial \chi}{\partial t}
$ $
{\rm grad} \, \chi
$ という量を作り、 それぞれをスカラーポテンシャルとベクトルポテンシャルに加えても構わない
ということになっています。 なぜかというと $\bm{E}$$\bm{B}$ が変化しないからです。

さて、 実際にそれらの値を加えてみると、

\begin{displaymath}
\phi = \gamma_{\bm{u}} \, V' - \frac{\partial \chi}{\partial...
...} = \gamma_{\bm{u}} \frac{\bm{u}}{c^2} V' + {\rm grad} \, \chi
\end{displaymath}

となります。 すぐにわかるように、 これらの式は $\chi$ によっては式 (7) を満たしません。
例えば $\chi = \sin t$ とすると、 $\displaystyle
-\frac{\partial \chi}{\partial t} = -\cos t
$ $
{\rm grad} \, \chi = 0
$ となり、 仮に $V'$ をどのように再定義したとしても、 式 (7) の 2 つの等式を満たすことはできません。
そのような $\phi$$\bm{A}$ には、 S' において対応する $V'$ が存在しません。 物理的な意味があるとは思えないと言われても仕方がないと思います。


要するに

スカラーポテンシャルとベクトルポテンシャルは本質的には

\begin{displaymath}
\phi = \gamma_{\bm{u}} \, V'
, \ \ %
\bm{A} = \gamma_{\bm{u}} \frac{\bm{u}}{c^2} V'
\end{displaymath}

と定義されるべきであるのに、 歴史的な理由により、

\begin{displaymath}
\bm{E} = -{\rm grad} \, \phi - \frac{\partial \bm{A}}{\partial t}
, \ \ %
\bm{B} = {\rm rot} \, \bm{A}
\end{displaymath}

により定義されている。 前者は実在する(少なくとも実在するように見える)量であるが、 後者は物理的な意味があるとは思えない量である。 現在、 これら 2 つの概念がはっきりと区別されておらず、 混乱を生じている
ということではないかと思います。


一応、 この話は学会でも発表しましたので、 興味をお持ちの方はご覧ください。

[3] 重弘裕二:「相対性原理に依らない特殊相対性理論の再構築」, 平成 28 年電気学会全国大会講演論文集, No.1-015 (2016).
[4] 重弘裕二:「ローレンツ変換に基づく電磁ポテンシャルとローレンツ力の導出」, 電気学会電磁界理論研究会資料, EMT-16-126 (2016).
[5] 重弘裕二:「電磁気現象を説明するための公理に関する一考察」, 電気学会電磁界理論研究会資料, EMT-17-58 (2017).
[6] Y. Shigehiro, "The derivation of electromagnetic potential and lorentz force in invariant form," IEICE Technical Report, EMT2019-70 (2019). (copyright©2019 IEICE) / (Errata) p. 239: Line before Eq. (21): Change "Lorentz scalar" to "contravariant vector". / 発表資料

式の導出は [4] と [6] にあります。 [4] は特殊相対性理論をご存知ない方でもわかるようにと思って書いたのですが、 電気学会に出したので、 著作権的に、 ここに PDF ファイルを置くことができません。 [6] は共変形式で書いたので、 共変形式についてご存知な方を対象として想定せざるを得ませんでした。

おそらく、 式 (7) の関係を受け入れることにはメリットがあります。 [4] や [6] では式 (7) を利用して、 アハラノフ・ボーム効果の説明で出てくる物資波の位相変化の式を導出して みました([6] では [4] より少し突っ込んだところまでやっています)。

ある方からは「アハラノフ・ボーム効果はシュレディンガー方程式を使って 説明されており,非相対論的な効果である」と言われたのですが...
自分の専門ではないので良くわからないのですが、 他にも、 簡単に導出できるようになる式があるかもしれません。





yuji.shigehiro(at)oit.ac.jp