伴大納言絵詞 詞書

伴大納言絵詞には詞書が備わっているが、上巻の詞書は欠失している。
その為、上巻は中・下巻の詞書とほぼ同じ内容をもつ「宇治拾遺物語」から引用し、大意をまとめている。




伴大納言絵詞 上巻

▲炎上する応天門の甍

水尾帝みのおのみかど(清和天皇=十七歳)の世に、応天門が放火で焼けた。
大納言の伴善男とものよしおが、これは左大臣の源信みなもとのまことの仕業である、と奏上した。
帝は左大臣を罪せんとした。大政大臣藤原良房ふじわらのよしふさはこれを聞いて驚き、急ぎ参内して、 これは訴人の讒言ざんげんかもしれぬから、よく調べてからにされるように、といさめた。
帝は、もっともなことと思い、調べさせたところ、確かなことでもないので、左大臣を赦す、と宣旨せんじを下した。

 
 
 

伴大納言絵詞 中巻

▲天道に訴える左大臣源信

左大臣は覚えのない罪をきせられることを嘆き、自邸の庭に荒薦あらごもを敷き、天の神に無実を訴えた。  
そこへ、赦免の使者がやってくる。
「いよいよ処罰されるのか」と早とちりした左大臣家の人々は悲しみ叫ぶが、赦免されるのだと知って、うれし泣きすることおびただしい。
左大臣は、「宮仕えをしていれば、こうして無実の罪に当たることもあるのだ」と思い、宮仕えにも精勤しなくなってしまった。

真相を知る一人の男がいた。右兵衛府ひょうえふ舎人とねりが現場を目撃していたのである。しかし、かかわりを恐れて口には出さずにいた。
「左大臣が犯人として処罰されるようだ」という話を聞いて、舎人は「真犯人は他にいるのに、なんということだ」と思ったが、かわいそうにと思いつつも口外はできずにいた。
その後、左大臣が赦免されたと聞くと、舎人は「無実の罪はいずれ晴れるものなのだ」と思った。

そうこうするうちに九月頃になった。舎人の子どもと、隣家に住んでいる伴大納言の出納(文書・雑具の出し入れにあたる役)の子どもとが喧嘩をしていた。舎人は喧嘩を止めようと家から出てきた。
そこへ伴大納言の出納も家から飛び出してきた。出納は、自分の子どもを家に入れ、舎人の子どもの髪をつかみ、打ち伏せて、死ぬばかりに踏みつけた。
舎人「子ども同士の喧嘩ではないか。うちの子どもだけを死ぬほど踏みつけるとは何事か。」
出納「舎人ふぜいが何をぬかすか。おれの主君の大納言様がいる限り、おれが何をしようと何のお咎めもない。」
舎人「主人の大納言が偉いとでも思っているのか。おれが黙っているからお前の主人も人並みにしていられるのだ。おれが口を開いて大納言の秘密をばらせば、 大納言はただではすまないのだぞ。」  
怒った出納は家に入ってしまった。

 
 

 
伴大納言絵詞 下巻

▲伴善男を乗せた八葉車  
 

この騒ぎを見ようとして野次馬が人だかりをなした。  
ある者は妻子に噂を伝え、噂は人の口から口へ広がって、ついに朝廷にまで達した。  
舎人は役人に引っ立てられ、取り調べを受けた。舎人ははじめは抵抗していたが、「正直にしゃべらないと、お前も罰せられるぞ」と言われて、とうとう真相をしゃべってしまった。
こうして伴大納言は取り調べの上、流刑となった。  
応天門に放火し、罪を左大臣になすりつけ、自分が大臣の地位に座ろうとしたのが、かえって自分が処罰されることになったのだ。
さぞくやしかったことであろう。

 
 
 
展示資料  
『伴大納言絵詞上・中・下巻』 考古学会(大宮本館所蔵)  
『国宝伴大納言絵巻』 出光美術館(大宮本館所蔵)  
 
参考資料  
『伴大納言絵詞』小松茂美 著 中央公論社(大宮本館所蔵)  
『宇治拾遺物語』三木紀人,浅見和彦,中村義雄,小内一明 岩波書店(大宮本館所蔵)