リスクその4 ヒ素をめぐる議論(｢公衆衛生リスク通論｣抜粋)

大阪工業大学環境工学科講義｢公衆衛生リスク通論｣(渡辺)よりの抜粋です

ヒ素のリスク

飲料水中のヒ素は､皮膚がん等を引き起こします｡地下水をくみ上げると､ヒ素が溶け出すことが多く､世界中で多くのコホートが存在します｡ここでは入手しやすいリスク評価値: USEPA-IRIS(レポート番号278)を参照しましょう｡ヒ素のスロープファクターは､1.5 mg^-1 kg dです｡文献ではしばしば､1.5 per (mg/kg)/dなどと書かれていて､ややわかりにくいので､少し解説します｡｢一日あたり､『体重1 kgあたり1 mg』を摂取するとき､発がんリスクが1.5になる｣という意味です｡単位換算の計算式は､下記の通りです｡

｢発がんリスクが1.5｣もわかりにくいので､1000分の1にしてみましょう｡｢一日あたり､『体重1 kgあたり1 μg』を摂取するとき､発がんリスクが1.5×10^-3になる｣です｡

BMDL0.5(その疾病の発生率を0.5%上昇させるレベル)という評価値のほうが新しく､EUレポート(ECHA/2011/01 – SR-11)では､スロープファクターとの換算例が示されています｡

食品中のヒ素

食品中ヒ素は､コメとひじきに由来します｡小栗と吉永(日衛誌 69:177–186（2014)）によると､毎日､平均19 μgの無機ヒ素を摂取しています｡発がんリスクを計算しましょう｡

■■19/60×1.5×10^-3=0.475×10^-3

です｡死者にインタビューすると､1000人中0.5人が､｢私は､コメとひじきのヒ素でがん死しました｣と答える計算です｡｢一般に受け入れられているリスク｣である1×10^-5の500倍です｡一時期は､一大事のように扱われましたが､現在は共存するリスクとして受け入れられています｡

ここにいたるまで､実は､いろいろとありました｡発端は､英国食品基準庁がヒジキを食べないように勧告したことです(2004年7月)｡日本の厚生労働省はすぐさま反論(ヒジキ中のヒ素に関するQ&A)｡FAO/WHOが1988年に定めた許容量を下回るから安全と｡

しかし2011年､そのFAO/WHOがこの許容量を撤回してしまいます｡発がんリスクを考えると､以前示した許容量は､甘すぎたというのです｡日本のヒジキは四面楚歌状態かと思いきや､｢強力な友｣が現れます｡コメです｡食品のヒ素を調べていくと､コメ中ヒ素は､ヒジキよりも濃度は低いものの､食べる量が多いので､ヒ素摂取量で比べると､ヒジキよりもコメのほうが寄与が大きいのです(Oguri et al.(2014) Arch Environ Contam Toxicol 66:100-112)｡雨水を主要な水源とする日本のコメより､地下水への依存が高くなる内陸地のコメのほうがヒ素の含有濃度が高くなる傾向になるはずですが､これ以上､この話はしたくない....｡これ以降､ヒ素のがんは､うやむやになった感があります｡

この間､外国の食品が危険だとか､輸入･販売を禁止するとか､｢叩き合い｣が合ったことは事実です｡しかし､健康リスクの研究は､国の経済的利益の追求､ましてや､伝統食のバッシングを目的としたものではありません｡最初は､正義感で始めた研究も､政争の具にされることに嫌気がさしたのだろうなあと､身近な研究者との交流から感じることが多々ありました｡

(おわり)

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