■ 廃棄物処理における元素の挙動に関する研究
廃棄物の衛生的な処理として、焼却・埋立は、継続されてきました。「生命活動で形成された有機物を無機化・安定化して土に還す」自然のプロセスを、人為的に加速して利用していると考えることができます。
しかし、必ずしも、焼却は安定化をもたらすだけではなく、 金属類の移動性を高めたり、新たな有機ハロゲン化合物の生成をもたらしたり、注意しなければならないことが起こっていることがわかってきました。
ここでは、ごみ焼却を舞台としての、元素の挙動に着目しての研究について述べます。
■ ごみ焼却とは
石炭や木材などの燃焼と違って、ごみには、多量の灰分と水分が入っています。ですから、ごみを燃焼すると、排ガス(乾燥ガスと水蒸気)とともに、多くの灰が発生し、一部は、排ガスと一緒に飛ぶので、「飛灰」もしくは「ばいじん」と言われます。
飛灰には、焼却炉内でいったん揮発してから、冷やされていくうちに凝縮した成分が入っていて、多くの場合、有害な重金属類が濃縮されています。しかし、すべての重金属類が飛灰に移行するわけではなくて、主灰と飛灰の両方に分配されます。
焼却のマスバランスとは、その名の通り、焼却される前のごみの姿と、その後の物質収支をつなげることです。「生活残渣の行方を調べること」です。
■ 都市ごみ焼却における重金属のマスバランス
都市ごみの焼却施設は、最近は、小学校社会科の見学コースの定番になってきました。「排ガスをきれいにする技術」が説明されることが多いですが、「そのあと、どうなるん?」という素朴な疑問を口にする子が少なくありません。
灰は、残ります。排水も出ます。その全体像(マスバランス)を調べようとすると、意外と、調査が大変です。焼却施設の運転記録の閲覧、ごみ組成分析、灰の乾燥・ふるい分け分析などをします。下の図は、得られたデータの一例です。
それぞれの試料の分析をすれば、都市ごみ焼却での重金属のマスバランスがわかります。
表 2カ所の都市ごみ焼却処理工場でそれぞれ3回ずつ調査を行った結果
元素
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ごみ1トンあたりの存在量(g/t) |
飛灰への移行量(g/t)
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主灰への移行量(g/t)
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洗煙排水への移行量(g/t)
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ヒ素 (As)
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0.89 〜 0.93
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0.40〜0.44
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0.48〜0.49
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0.000〜0.006 |
アンチモン (Sb) |
30 〜 44
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14.5〜22.1
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7.5 〜 29.8
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0.002〜0.4
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鉛 (Pb) |
231〜342 |
84.7 〜93.6 |
137 〜256 |
0.0 〜 1.6 |
このデータは、1990年代の大阪市のものですので、時代やごみの収集区分で変動します。2000年以降、集塵の性能が格段に上昇し、洗煙排水でこれらの重金属類が検出されることはほぼなくなりました。
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■ ごみの組成分析
紙類やプラスチック類がごみの中にどれだけ入っているかを調べることをいいます。それぞれの重量%(物理組成)や体積%を定期的に調べることは、とても重要です。それに加えて、ごみ処理・処分をするときには、水分・灰分・可燃分別の組成(工業分析もしくは三成分)、元素分析、発熱量などの情報も必要です。
考え方はこうです。各物理組成項目(図中で、可燃物1、2... 不燃物1、2....)それぞれが、可燃分・灰分・水分を持っており、それぞれを縦方向に合計したものが、ごみ全体の、可燃分・灰分・水分です。
ごみ組成分析は、しばしば、収集形態や、人口構成との関連で、重量%(湿ベース)の詳細な調査が行われます。一方で、発熱量、工業分析、元素分析値などは、各物理組成項目ごとに「目安値」があります。それらを適用して、ごみ全体の性状を推定することができます。
とくに、ごみ中の塩素は、ごみ焼却時のダイオキシン類や金属類の挙動に大きく影響する重要な要素なので、詳しく調べています。
ただし、これらの「目安値」は、時代や社会の状況で変化しますので、定期的な再確認が必要です。
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■ ごみ焼却における金属類と塩素の反応
「ごみ焼却は、人類がはじめて経験した『塩と金属の混合熱化学系』です。1980年代から1990頃にかけて、焼却から発生するダイオキシン類の量が調べられ、その中で、「ごみ燃焼」が、もっとも効率よくダイオキシン類を生成するという事実は、人々を驚かせました。
そのもっと前から、飛灰中の金属濃度が高いことから、「金属が燃焼で蒸発し、排ガス中で凝縮する」メカニズムが存在すると考えられてきました。金属が塩素化物になると飽和蒸気圧が高くなるので、「金属は塩素化物になって蒸発する」と説明されてきました。
しかし、「塩素化物で蒸発した金属が、なぜ、飛び続けることができないのだろう?」という疑問にこたえるためには、もう少し、説明が必要です。「金属が塩素化されるために、焼却面で強い塩素化作用があって、塩素化物として蒸発したあとは、雰囲気に比べて著しく不安定になり、凝縮する」というものです。
絵で表してみました。金属が塩素化されるということは、焼却面で、多くの活性な塩素が存在しているからです。金属は、その多くの塩素につれられて、蒸発します。しかし、ガス中では、塩素はもっと魅力的な相手(たとえば水蒸気)と手を結び、薄情にも、金属を手放してしまいます。
すると、「焼却面での『「活性な塩素』を、誰がもたらすのか」が重要なポイントになります。今から100年以上前に、Weldonは、「ソルベー法の廃棄物CaCl2から、塩素を取り戻す方法」として、土や砂と混ぜ合わせて、空気中で加熱すると、塩素ガスが得られることを述べています。ちょうど、台所ごみを加熱するのに似ています。塩化カルシウムとして、なりをひそめていた塩素が、砂(SiO2)にカルシウムが取り込まれると同時に本領を発揮するというものです。
塩化カルシウムより塩化マグネシウムのほうが、さらに、強い塩素化活性を発揮することを、Weldonは見いだしています。
金属の塩素化による揮発だけではなく、ダイオキシン類の生成にも、類似のメカニズムが働いていると考えられます。食塩もポリ塩化ビニルのような有機塩素も、ダイオキシン類の生成に同程度に寄与することが、広く認められています。
火を使い、塩を必要とする人間は、ダイオキシン類から、完全に逃れるとはできないのかもしれません。廃棄物やリスクとの共存を、納得して受け入れることが必要だと考えるのです。
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■ 焼却灰について
薬剤による重金属類の溶出抑制
焼却灰は不安定です。重金属類が溶出しやすく、塩分を含んでいます。最終処分場浸出水に重金属類を溶出させないため、安定化させる必要があります。広く適用されている方法はpH調整による中和凝集沈殿や、キレート薬剤の添加です。
安価で確実な方法として硫化ナトリウムによる「硫化物の形成」があげられます。しかし、硫化水素を発生しやすいという欠点があり、日本ではあまり使われてきませんでした。それに対して、多硫化カルシウム(CaSn)を適用する方法は、硫化水素の発生量が少なく、比較的安全な硫化物生成薬剤です。なお、多硫化カルシウムは安価な農薬である「石灰硫黄合剤」や入浴剤の「ムトウハップ」の主成分です。
重金属類を分析する際のキレートによる濃縮
焼却灰の重金属の健康環境影響は、溶出試験方法などで評価されます。その規制濃度は大変低く(0.1 mg/L以下を計測する必要があります)、一方で分析を阻害する成分(塩類、有機物)を持ち、マトリックスを除去してキレート吸着樹脂で濃縮する必要があります。私たちは、方法の確立も研究対象です。イミノ2酢酸型の樹脂よりも、ポリアミノポリ酢酸型(エチレンジアミン3酢酸とイミノ2酢酸の両方を修飾したもの)樹脂のほうが、塩分の多いマトリックスに対して効果的であることを示しました。
中・長期的な溶出挙動
薬剤添加による重金属溶出抑制は、最終処分場に搬入する際に「有害性を隠す」(言葉が穏やかではないですが)ことでは有効かもしれません。しかし、1〜数ヶ月で再溶出する可能性があります。再溶出のメカニズムは、空気中のO2によってキレート薬剤が酸化分解されることと、PbSのように硫化物になって沈殿していた固体がPbSO4に変化してPbイオンを放出するというものです。詳しくは以下の3つのリンク先を見てください。これらは、論文を作成する際に準備するものです。
しかし一方で、自然のメカニズムによる沈殿と固化が起こります。もともとアルカリ性である焼却灰(燃焼は酸性成分をガスへ、アルカリ成分を灰へ分離する過程とみることができます)に対して、空気中のCO2による中和(もしくは炭酸化)が起こります。また、Si,Al, Caが関与した不溶性の岩石を形成します。これはセメントが硬化する過程である「水和」と類似の固化反応であると考えられています。