大阪工業大学 環境工学科

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環境 VOICE

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卒業生たちの実験データが東京オリンピックの熱中症対策に関する論文として国際誌に掲載されました
2020/08/04
 今年の梅雨は雨が多く比較的涼しい印象でしたが,長かった梅雨も明けいよいよ暑さが厳しい季節になってきました.本来ならこの夏は2020東京オリンピックが開催され,今頃さまざまなドラマが生まれていたところでしょうが,ご存じの通り新型コロナウイルスの流行により,オリンピック自体来年の夏に延期となってしまっています.マラソンはオリンピックでも人気の花形競技と言えますが,屋外で激しい運動を長時間行うため,夏季のレースは特に選手に大きな熱ストレスがかかります.特に東京は近年ヒートアイランド現象による高温化が著しいため,2020東京オリンピックではIOCの勧告によりレースの開催地を札幌に変更し,スタート時間も早朝の7時とすることが決定されています.ところでマラソンの開催地を東京から札幌に移したことで,選手にかかる熱ストレスは実際どの程度軽減されるものでしょうか?この疑問に対する2本の論文が,国際学術雑誌Journal of Agricultural Meteorology誌に掲載されました.これらの論文は生物圏気象環境学研究室の卒業生たちが,7年間にわたり卒業研究として取り組んだ実験結果が基になっています.論文はJstageというサイトから誰でも無料でダウンロードすることができますので,興味ある方は是非目を通してみてください(英文).研究内容を下に紹介します.

【研究内容の紹介】
 暑い屋外で運動をすれば大量の汗が出る.ヒトは発汗による体重減少率が3%に達すると強いのどの渇きを覚え,ぼんやりして食欲不振といった症状が出る.さらに体重減少率が5%に達すると頭痛や熱にうだる感覚など熱中症特有の症状を呈し,8~10%で身体動揺や熱痙攣を起こすとされる.そこで本研究では潜在有効発汗量 (Potential Effective Sweating; PES)を提案した.PESは屋外で運動する選手が体温を一定に保つために最低限必要とする有効発汗量(蒸発させなければならない汗の量)であり,PESから脱水による選手の体重減少率(Weight Decreasing Rate; WDR)を推定して熱中症リスクを評価することができる.
 東京オリンピックの男女マラソン競技について,東京と札幌でスタート時間を早朝5時から夕方の19時まで30分ごとに設定した場合,気象データから推定されるPESをもとに選手のWDRを求めた.なお,データは最近10年間(2011-2019)の競技予定日に東京と札幌の気象台において観測された気象データとつくば・札幌の大気放射量の観測データを使用した.解析の結果,以下のようなことが明らかとなった.

・男女通じて最も熱ストレスが大きかったのは,8月2日に東京開催の女子11:00スタートでWDRは7.51%に達した.これは給水をしなければランナー(身長157cm,体重45kgを想定)は,最低でも約3380gもの水分を失うことを意味する.11:00スタートのまま開催地を札幌(8月8日)に変更した場合,WDRは0.42%下がって7.09%(3191g)になった.

・女子マラソンを現在予定されている早朝の7:00スタートにすると,WDRは東京(8月2日)6.94%,札幌(8月8日)6.66%になった.札幌7:00スタートの熱負荷は,東京開催の5:30あるいは16:00スタートと同程度であると推察された.

・1964年東京オリンピックでは男子のみ10月21日の13:00スタートで開催された.この条件において男子マラソンのWDRは6.23%だった.2020東京のレースを同等の熱負荷に抑えようとすると,札幌開催(8月9日)で16:30以降か早朝の5:00にスタートする必要がある.

 一般的に熱中症危険度の指標として湿球黒球温度(WBGT)が使用されています.WBGTは携帯型の機器ですぐに測定できる簡便さがある一方,経験的な指標(めやす)で物理的な根拠に乏しいという欠点がありました.今回学生たちの実験を基に考案されたPESは,ヒトの熱の出入りの数理的な計算(人体熱収支モデル)が基になっており,脱水による体重減少率という定量的な指標で熱中症リスクを評価できます.さらに評価方法も,①気象台のデータから計算 ②WBGT計のような装置で現場で測定 ③WBGT値から推定 と3パターンのバリエーションで使え,物理的な根拠の明確さと実用性を兼ね備えたものになっている点が新しいのではと思います.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/agrmet/76/2/76_D-19-00025/_article
https://doi.org/10.2480/agrmet.D-20-00001

ランナーにかかる熱負荷の様子

実験の様子

女子マラソンの推定体重減少率

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