知的財産の仕事とは、特許の権利化や侵害予防調査にとどまらず、 企業の売上やブランドイメージ、経営戦略にまでかかわるもの。 それだけに、知的財産部で働く人たちは、 会社や自社製品について誰よりも理解している人たちといえます。 今回は、建設機械メーカーのコベルコ建機株式会社の知的財産部、 田中精一部長と大阪工業大学の卒業生でもある井原駿也さん、 本学知的財産学部長の五丁龍志教授の3名が、 その仕事の幅の広さや重要性について語り合いました。
ショベルとクレーンを主力製品とする建設機械メーカー。「低燃費」「低騒音」といった従来から定評のある環境技術やものづくりのノウハウに、ICT・IoTといった新たな分野のテクノロジーを融合させながら、差別化商品や独自のサービス、革新的ソリューションを提供しています。世界各地に現地法人・代理店網を構築し、地域や用途ごとのニーズに対応しています。
田中精一氏
井原駿也氏
2017年 知的財産学部 知的財産学科 卒業五丁龍志教授
専門分野:知財法全般、知財実務、企業経営・事業戦略、教育手法五丁あらためて、コベルコ建機がどんな企業かを教えてください。
田中我々はいわゆる油圧ショベルやクレーンなど、建設機械の製造・販売を行うメーカーです。コベルコ建機の建設機械は世界中で使われており、用途としては、荷役、土木、建物解体、金属や廃材のリサイクル、林業、砕石などさまざまです。
五丁建設機械のどういったところに、知的財産はかかわっているのでしょう?
井原建設機械は特許の塊です。たとえば、アタッチメントの形もそうですし、作業に応じてスムーズに動かすための油圧回路や電子制御など、そのすべてに知的財産がかかわってきます。ほかにも、大型の建設機械は 工事現場にそのまま運ばれるわけではなくて、折り畳んだり分解したりしてトラックで搬送するのですが、そのときの折り畳んだ形や分解構造も知的財産の対象です。だから、知的財産部が知らなくていいパーツって恐らくないんです。
五丁車体の形もそうですよね。旋回中に周囲の安全を確保するために、車体の後方が丸い形状になっていたり。
井原それも発明であり、知的財産の対象ですね。
田中コベルコ建機ではさらに、遠隔操作システム「K-DIVER?」や、ICT建設機械による施工「ホルナビ」など、DXソリューションの分野にも踏み込んでいっています。
井原K-DIVER?ひとつとっても、特許が100以上は詰まっています。
田中もともとの建設機械のハードの部分と、人工知能やビッグデータを活用したソフトの部分を融合させて、新しい価値を生み出していくチャレンジです。その前提として、世界的に土木・建築業界で労働者人口が減少しているという社会課題があります。そのためのICT化であり、さらにオペレーター不足を解決するための遠隔操作システムになります。我々がめざしているのは、オンラインで1人のオペレーターが複数の現場の、複数の機械を動かす、そういった人の価値を向上させる世界観についての提案です。
井原他社が取得している特許を無断で利用してしまわないように、開発段階では、特許の発明内容や権利範囲が 記載されている「公報」を調査し、一言一句丁寧に読み込む作業をしています。正確に読み取らないとなにも判断ができませんから。
田中我々の判断ひとつで、たとえば開発が数か月 遅れることもありえます。その遅れにより、数千万円、もし実施できないとなると、下手をすれば億単位のコストリスクを発生させる。だから、いい加減な仕事はできません。そういう気概を持ってやっています。
五丁会社の中でとても大事な立ち位置なわけですよね。
田中井原さんは入社5年目ですが、5年目の社員が「ダメ」と言って会社全体が止まるってすごいこと。適当なことはもちろん言えないし、本当に責任を感じるよね。
井原大きなやりがいです。
田中刺激的だよね。私は知的財産知財の仕事を30年以上やっていますが、いまだに新鮮な気持ちで仕事ができています。面白い仕事だなと思います。どんどん新しい技術が出てきますし、法改正や判決例による解釈も変わっていきますから、飽きている暇がない。このような状況なので、世の中にある情報をすべて調べ尽くしてリスクゼロとするのは難しいです。だから、いくら我々が一生懸命調べたとしても、他社特許の「地雷」を踏んでしまうこともあり得ます。逆に競合他社がこちらの「地雷」をまた意図せずに踏むパターンもあり得ます。
五丁そういうリスクと背中合わせだということを、今の世の中の経営陣は理解しているし、その中で知的財産はすごく大事ものだということも理解されている。技術者も、営業の方も、社内の全員が理解していますよね。
田中「IPランドスケープ」という言葉があります。知的財産の情報を分析して、経営戦略の策定や企業の意思決定に活用することや、知的財産を重視した経営自体を指します。そういう時代になっていますよね。
五丁知的財産部と他部署、特にエンジニアとのかかわり方はどうなんでしょう?
田中どのお客様にもヒアリングをして、「この建設機械のここが使いにくい」「乗りにくい」「こうしたい」などの評価をいただきます。そこに改善ポイントが出てくる。そうやって変化させたものは、すべてが「発明」になり得ます。しかも競合他社より早くやらないと、知的財産権の競争で負けてしまうことになります。
五丁知的財産部と開発部門が連携していないと、そのスピードは遅くなりますよね。
田中そうなんです。さらに、自社で「発明」と思っているものがすでに他社が先に特許出願しているものだった場合は、他社特許出願の有効性を判断したり、自社がやろうと思っているものがその他社特許出願のクレームに含まれるのかを判断したり、あるいは回避しながらもっといいものを考えるといったことを、知的財産と開発は常に連携してやっています。「知財」というと硬いイメージがあるかもしれませんが、部屋にこもって働いているわけではなく、とてもアクティブな仕事なのです。
井原自席から離れて開発部門に話を聞きに、議論をしにいく場面が多いです。
田中コベルコ建機の社内に壁はありません。知財と開発は本当に近い距離感だし、話しやすいし、相談もしやすい。横のつながりがあるから、情報がフラットに伝わってくる。そのため知的財産業務にはコミュニケーション能力は大事です。知的財産の専門性を、他部署、また場合によってはお客様にも伝わりやすいように、理解しやすい言葉で伝えられることが本当の実力だと思います。
田中知的財産部の仕事は技術分野以外でも、商標権をはじめネーミング、ロゴマークにまで広がってきています。当社にはブランド統括部門というのがあり、我々はそこでも活動しています。
五丁企業のブランドイメージや価値を、どういう風に作っていくか、どういうふうに維持していくか。「知財」に関するものすべてが守備範囲ですね。
井原この広さが楽しいんですよ。会社全体が見えた気になります。
田中まさにそう。見えていると思う、いちばん。
五丁会社を俯瞰的に見ることができて、はじめて、利益を上げるためにはどう動けばいいのかが見えてくる。自社の商品やサービスがお客様から選ばれるためには、どうすればいいのか。知的財産はその戦略の部分に直結しています。
田中企業としての競争力の源泉にかかわる仕事だと思います。会社の強みや弱みを分析したり、開拓の余地のある領域を分析したり。作ったものをどうやって、お客様の価値につなげていくか。「IPランドスケープ」というのはまさにそういうことだと理解しています。必要なのは、俯瞰的に捉え、分析し、ロジカルに説明できる、「知財的な思考力」ともいえるのではないでしょうか。
五丁会社が新しいフィールドに踏み込もうとしたときに、その領域に強い企業は存在するのか、勝ち目はあるのかを考える。場合によっては、逆にパートナーとして一緒に事業をやるという選択肢もあって、そうなると交渉や契約が必要になってくる。知的財産の仕事は、事業のアウトライン作成から完成まで、幅広い役割にかかわってきますね。
五丁よく「理系」「文系」といわれますが、そういうカテゴライズって結局、受験の仕組みによって分けられているだけで。
井原社会に出てしまうと、どちらの知識も必要になってくるんですよね。
田中知的財産の仕事に、「理系だから」「文系だから」というのはないかもしれませんね。ちょっと偏った見方かもしれませんが、「文系の人」というのが、物事を文章で理解し、文章で表現するのが得意な人だとすれば、知的財産は技術にかかわる仕事ではあるけれど、文系の人には向いているんじゃないかなと思ったりもします。なぜなら、知的財産の業務では、特許公報などの文章を読んで技術を理解し、文章にして技術を説明し、文章で特許権を獲得する仕事だからです。特許公報を読んで技術を理解する、ということを繰り返し、そして何年か経てば、一般的な技術者よりも広い範囲の技術知識を持った状態になり、自社のどんな技術についても会話ができるようになります。文系としての特性を活かしてもらえる可能性があります。
五丁確かに、そうですね。技術者の人は1点を深く、専門的に理解していく。その一方で知的財産の担当者は、そこまで深く知る必要はなくて幅広い知識が求められます。
田中構造、油圧、電気制御など、全体を広く理解する必要がありますね。一つの製品ができあがったとき、そこに詰め込まれた技術についても、売りたいポイントについても、すべてを知っていて語れるのは我々だけかもしれません。
五丁先ほども話に出ましたが、知的財産というのは物を選ぶときの競争力に直結していて、物を売ったり買ったり、つまり商売の話にもなると思うんです。商売のことって、どちらかというと商学部や経営学部のイメージが強いのかもしれませんが、でも……
田中知的財産の学びは、物を売ることの本質について深く学ぶというものではなくて、ものづくり、売れる仕組み、サービスとか、それらを組み合わせてどうやって会社の強みにしていくのかを考える、そして利益を生み出す、そういう分野かなと思います。