特許※、商標※などの知的財産は企業の武器であり、
その知識・ノウハウは企業の競争力に大きく影響します。
今回は、個性的なオリジナル工具
「ネジザウルス※」ブランドで
ヒット商品を次々と生み出す株式会社エンジニア
代表取締役社長 高崎 充弘氏と、本学の知的財産学部学部長
杉浦 淳教授との対談から、企業にとっての知的財産の重要性、
そして知的財産を学ぶことで見えてくる将来について探りました。
「ネジザウルスGT PZ-58」
独創的なものづくり、ブランドの確立、そして経営戦略において
これからの時代、鍵となるのは「知的財産」。
知的財産に関する知識は、
ものづくりの現場において
どのように活かされているのでしょうか。
ヒット商品を生み出す
株式会社エンジニア 代表取締役社長と、
本学知的財産学部 学部長が
語ります。
杉浦株式会社エンジニアは代表商品「ネジザウルス」に象徴されるように、ユーザー目線に立った「かゆい所に手が届く」独自性の高い商品が特長です。このような革新的な製品を生み出された高崎社長のキャリアに興味があります。
高崎大学卒業後、三井造船に入社し、自社製エンジンを搭載した船舶のトラブルに対応する部門に所属していました。三井造船ほどの大企業となると、人材の層がとても厚かったのが印象に残っています。当時は技術者のなかにも「技術の鬼」「変人」と呼ばれるような人たちがたくさん居ました。そんな上司の一人に言われたのが、「どんな公式も自分で証明してから使え」ということです。専門書や機械工学便覧に書かれている公式でも、印刷ミスがないとも限らない。必ず自分で証明して、正しいことを確認してから使え、というのがその教えでした。なぜなら、造船という仕事は人の命を預かる仕事だからです。そんな大企業で培われた「ものづくりのマインド」が、現在のものづくりの基礎になっていると思います。
杉浦その後、お父様の後を継いで株式会社エンジニアの社長に就任されるわけですが、そこで事業経営における知的財産の大切さを痛感されたそうですね。
高崎中小企業は、大企業と比べてお金はありませんが、知恵を生むこと、すなわち知的財産を生み出すことはできます。知的財産は、中小企業にとっては、大企業に伍して生き残るための唯一の武器と言えます。大企業には「知財部」という専門家集団からなる部署がありますが、中小企業で知的財産部門を持っている企業は少ない。私たちもメーカーとして商品を開発するにあたり、知的財産に関して知識を持つことが必須だと考えました。しかし、実際に弁理士さんとお話をしてみたのですが、専門用語が多くさっぱり話がわからない(笑)。当初は「意匠」と「商標」の違いさえ十分理解していなかったので、一から勉強を始めました。
杉浦弁理士の専門性はとても深いですからね。関連する法律はもちろん、最新の特許関連の情報や世界のビジネスの動向などについて、深く幅広い知識を有しているプロ中のプロです。知的財産についての知識を持っていると、専門家である弁理士ともコミュニケーションができ、事業での知的財産の活用が進むというわけですね。
高崎そうです。先ずは、当時はまだ民間資格だった知的財産検定3級を取得しました(2008年から国家資格である知的財産管理技能士認定のための検定に移行)。まさに目から鱗でした。日本の知的財産制度が俯瞰できるようになり、意匠と商標の違いもバッチリ理解できました(笑)。その後、勉強を続け、2級にもチャレンジして取得しました。
杉浦知的財産を学ぶことにより、企業経営に役立つ力を獲得すること、具体的には、法学と経営学の基礎から応用まで、そして、あらゆる創造に対する好奇心を備えた力を得ることができます。簡単に言うと、企業の経営・ビジネスで知的財産を活かし、稼ぎ、活かす人材を育成しています。
高崎私たちの企業は下請けではなく、「ネジザウルス」のようなオリジナル商品を生み出しています。しかし、当初はやみくもに商品を作り出すだけで、なかなか上手くゆきませんでした。しかし知的財産の勉強をするなかで、ヒット商品を生み出すために必要な要素(KSF: Key Success Factor )が見えてきました。これを体系化したものが「MPDP理論」です。これは「M」マーケティング(Marketing)、「P」パテント(Patent)、「D」デザイン(Design)、「P」プロモーション(Promotion)の頭文字を取ったもの。出発点は、お客様の潜在ニーズを発掘する「M」マーケティング。次に「P」パテント・知財戦略、そして製品品質にふさわしい「D」デザイン。最後は「P」プロモーションです。このうち、大企業と比べて中小企業が最も不得意な要素が「P」パテントで、MPDP活用のボトルネックになっています。
杉浦ヒット商品開発には特許(パテント)は不可欠ですからね。アメリカのベンチャー企業経営者や従業員は必ず特許について知識を有しており、事業に活用しています。アメリカのビジネス系学部では、「知的財産」に関する学びに力を入れており、知的財産はMBAの最先端と言えます。
高崎その通りです。先ずは自分自身で勉強を始めたのですが、自分以外にも知的財産のことがわかる社員がいれば、という思いで知的財産管理技能検定の受験を奨励しました。受験費の負担に始まり、合格すれば報奨金を授与。さらに収入アップなど、様々なインセンティブも設けました。そのため今では全社員の約半数が「知的財産管理技能士」の資格保持者。おそらく全国でも同資格の保有率はトップクラスだと自負しています。
杉浦社員の皆様が知的財産に関する専門的な知識を有するようになって、会社はどのように変わりましたか?
高崎新商品企画のスタートアップの段階から、会議で「商標」や「意匠」、「特許」という言葉が飛び交うようになりました。弁理士さんとの打ち合わせがスムーズになったことはもちろん、知的財産権を視野に入れて考える社員が増えたことが一番大きいですね。「知財」マインドが社内に満ちてきたことで、全ての社員から様々なアイデアが出るようになり、個性的でユニークな製品づくりにとても役立っています。商品の新機能にとどまらず、デザインについての「意匠権」の取得を念頭に置いて製品を企画することもできるようになりました。社内の一角に、これまで当社が取得した国内外の特許証や認定証をすべて掲示している壁があり、「MPDP Wall」と呼んでいます。社員たちの「知的財産管理技能士」の合格証も掲示し、資格取得に向けたモチベーションを高めています。
杉浦知的財産法の対象となるものは発明やデザイン、マーク、営業ノウハウなどにから、小説や絵画、映画、アニメなども含まれます。いわば人間の創造性という見えない財産をカタチしたものが「知的財産」です。日本はもともと、キャラクターやアニメ、漫画などコンテンツを作り出すのが上手い国です。たとえば某家電メーカーではエアコンに親しみやすいキャラクターを付けて宣伝することで大成功を収めています。
高崎当社も「ネジザウルス」をアピールするために「ネジ・ザ・ウルス」(通称:ウルスくん)という恐竜と工具が合体したキャラクターを作りました。コンテンツを活用している大企業の事例が参考になりました。
杉浦そういうキャラクターづくりをはじめとして、株式会社エンジニアさんは「アイデア」をすごく尊重されていますね。中小企業は大企業のような大規模なマーケティングは難しいかもしれませんが、その反面、経営者や社員の個々の「感性」を発揮し、それを企業活動に結び付けやすいように思います。
高崎先ほど述べたキャラクターづくりに加え、当社商品の使い方を「川柳」にしてお客様から公募する企画や、私自身が出演するYouTube動画なども自由にどんどんやっています(笑)。パテント(特許)とともにプロモーション(広報)が重要だという私の考えに基づくものです。商品づくりにあたっては、機能・価格だけではヒットは生まれないというのがMPDP理論です。「ネジザウルス」という商品名にも自信と誇りを持っているため、2021年にはその製品名や読み方を識別し、類似商品の販売を防ぐ「防護標章」を登録しました。2022年にはヤクルトの容器やカーネルサンダース、ペコちゃんの人形のように、立体的な形で商品やサービスを識別する認証「立体商標」も登録しています。「防護標章」登録されているのは日本にトヨタなどの大企業の製品を含めて1200程度、「立体商標」登録は日本では2000程度で、作業工具としては日本で初めての登録なんですよ。
杉浦御社にとって「知的財産」はブランド力と直結しているようですね。ブランド力を高めていくことで、事業活動においてどのような良い影響がありましたか?
高崎「今までになかったこと、人がやっていないこと」をやっていくという方向性が定まりました。当社が登録できている特許や商標の半数以上はネジザウルスに関連するもの。また、国内と国外の登録数はほぼ同数です。特許・意匠・商標などの知的財産をミックスして登録することで、他者の製品と差別化することができます。こうして確立したブランドのおかげで、同業他社との価格競争に巻き込まれることがなくなったことはとても大きいですね。
杉浦知的財産権を持つということは中小企業にとっては、大企業と仕事を行う上で、開発力を活かして、対等に渡り合うためにも重要な武器になりますね。自社の商品の特許や意匠による明確な「権利」を有しているということは、大企業にアイデアを吸い上げられることなく、対等な取引をするための武器になります。その点で御社は、とてもスマートに知的財産権を活用しておられると思います。
高崎特許や意匠、商標などの目に見えるものは公開し、「知的財産権」として保有することで競争力を獲得できます。一方で営業手法や開発手法などのノウハウといった無形の財産は、特許でオープンにすると他社に手の内を明かしてしまうだけになります。こうしたノウハウとしての知的財産は、営業秘密して活かすことも知的財産を学んだことで、当社の強みの一つとなりました。
杉浦ベンチャー企業の命は「新しいものを生み出す」ことにあります。ものづくりを行う企業は知的財産権に関する知識とマインドを持つことがとても大切ですね。知的財産学部では、権利を生むための法学的なアプローチに加えて、権利を活かすための「経営」の力を養う「知的財産学」を教えています。
高崎「いいものをクリエイトしていきたい」というのが私たちの願いです。社会にとって有益なもの、社会に喜ばれるものを生み出していくために、「MPDP理論」を活動の基本としています。そのために「知的財産」は重要なパーツです。
杉浦中小企業で「知的財産」を有効なツールとして活かすことができているところは少ないですよね。
高崎まさにそうです。特許や意匠・商標などを登録し、権利を維持するためには、お金が掛かります。そして知的財産を権利として有しているだけでは宝の持ち腐れになります。結局あの手この手で他社に真似された製品を作られてしまうこともある。だから「知的財産権は金食い虫だ」みたいなことを言う方もおられます。しかしながら、それは、誤解に過ぎません。知的財産に関する知識とそこから生まれる発想を使いこなす、すなわち知的財産を活用することは、経営にもポジティブな影響を与え、企業を活かし発展させることができます。知的財産は、企業にとってきわめて有効な道具、ツールと言えます。要は、知的財産をどう使いこなすかが、経営者に試されています。
杉浦学生に特許や商標といった知的財産の仕組みに対する専門性を教えることも大切ですが、ビジネスの世界で「知的財産をどう活かすか?」ということも教えるのが、私たち知的財産学部でやっていることです。「知財マインド」は、これらからの営業や企画・総務などの職種において欠かすことのできない能力です。まさに知的財産はクリエータを支える強い味方ですので。
高崎「特許」「意匠」「商標」などの知識を持った新入社員が入社してくれたら、まさに、即戦力として大助かりです。大歓迎します。
杉浦日本では「アイデアを生み育てる」ための教育を、あまりやってこなかったように思います。今後、こうした方面の教育を強化していくにあたって「知的財産」を学ぶことは、これからの日本の教育にとって重要な意義があると考えています。
高崎日本はものづくりが得意な国でしたが、今は後進のライバル国に追われています。というのも、日本が価格競争で他国に対抗しようと考えているからです。企業のものづくりは「いいものをクリエイトする」ことが原点。人から喜ばれるものを生み出していかなければなりません。そしていいものを作ることは、企業の側にしても「仕事の喜び」に結びつきます。私のビジネスに対するマインドは三井造船時代に培ったものですが、その下地に「ユニークさ」を重ねていくことで優位性を築いてきました。その「ユニークさ」を保証するものとして、知的財産は強力な武器になりました。
杉浦今後の社長の夢、株式会社エンジニアの目標をお聞かせいただけますか?
高崎当社ではお客様から様々なネジの「お困りごと」、「SOS」をオンラインで受付けています。当社のネジザウルスシリーズ約50種類やこれまで培ってきたネジトラブル解決方法のノウハウを活かして、ネジを救出する「ネジレスQ」という無料サービスを行っています。これまでにお客様から寄せられた相談を社内でアーカイブし、日本国内で流通しているあらゆるネジトラブルへの対処法を蓄積してきました。これは当社にとって非常に大切なマーケティング活動にもなっています。今後はこの活動を海外にも展開し、世界中のあらゆるネジトラブルを解決していくことが目標ですね。
杉浦実際、ネジ頭がつぶれてしまったことで分解できなくなり、そのために廃棄されてしまう機械や機器もありますよね。世界の全てのものにネジが使われています。とてつもない大きな市場が広がってますね。
高崎お客様とのメールのやりとりを通して感謝の言葉をいただくと、とても嬉しいです。新たな事業として医療関連のブランド「メディザウルス」にも乗り出しています。整形外科の治療では、骨折した部分をボルトなどで繋ぎますが、それを外すときにボルトの頭がつぶれていることがあります。それを外すために、医師が当社の「ネジザウルス」を利用することがあるそうです。それならば「医療機器」としての条件を満たした医療専用のネジザウルスを作ろうということで、開発を行っています。
杉浦ありがとうございました。私たちも「知的財産」を学ぶことの楽しさと意義、そしてビジネスを活性化させるために「知的財産」の知識がいかに大事かということをお教えいただきました。大阪工業大学知的財産学部では、創造を活かし、社会に役立てる知財マインドを備えた人材を育成していきます。
これからの時代、世界の企業と戦い日本の企業が生き残るためには、
創造性を発揮し、それを企業経営に活かす知恵が求められます。
そのため、商品開発部門だけでなく、営業企画、営業実務、総務など、
企業のあらゆる活動に知的財産の知識が求められているのです。
知的財産を学ぶことで、若い人たちの前には、大いなる活躍の世界が広がっています。
今回の対談でも、ものづくりの現場で
いかに知的財産が重要な役割を果たしているかがわかりました。
21世紀において、企業活動において最も重要なことは
「知識創造」であると言われています。
そのため、あらゆる業界において、知識を経営に役立てる能力を身に付けた
知的財産の専門家のニーズは、ますます高まっています。
大阪工業大学は、2003年に日本で初めて知的財産学部を開設し、
数多くの知的財産のエキスパートを輩出してきました。
ぜひ、皆さんも知的財産の学びを通じて、
社会に必要とされ、自己成長と新しい自分発見できる、
希望に満ちた道を歩んでみませんか。