上から目線(物理的に)
SHARP『EL-805』
1973, 26,800

EL-805

解説

この電卓は事実上の世界初の液晶電卓と言ってもまあ許される (厳密には違うらしいんですけど)、電卓の歴史に大きく刻まれる こととなった偉大な機種です。ついでと言ってはナニですが、 この機種を皮切りに、シャープは液晶の技術開発に 邁進し、一時は液晶にのめり込みすぎて経営が傾いたりもしましたが それは決して本機に責任があるわけではありません。とにかく それくらい大きなインパクトを (社内にも、世界にも)与えた電卓であることは疑いようもありません。 だってこの機種から少しあとの電卓ってほぼ100%液晶ですから。

本機の最大の特徴である液晶画面ですが、現在普及しているものとは 方式の異なる Dynamic Scattering Mode (DSM) タイプを用いています。 その後普及した Field Effect Mode (FEM) タイプに比べると 反応速度が鈍く消費電力も大きいそうですが、それでも当時にして 単三乾電池1本で1ヶ月というのは カシオミニ(1972)が単3x4本だったことを考えても 驚きです。(DSMはFEMに比べて高電圧が必要らしい[1]ので本当は 電池の本数はもっと欲しかったんだろうけどマーケティング上 どうしても1本にしたくて電源回路頑張ったんだろうなぁ……などと いらぬ想像が膨らみます。)

液晶画面にはもう少しツッコミを入れましょう。 DSMの特徴なのかどうかは わかりませんが、この液晶、正面から見るとほとんど何も見えず、 かなり浅い角度で覗き込むように見る必要があります。これはちょっと 製品として印象が悪い……と考えたのでしょう、本機にはこの 斜めから覗き込むことを強制するためのカバーがついています。 デザインアイコンともなっているこのカバー、 実は一義的には画面保護のためではなく、 なんと 視点を正しい位置に持ってくる ためのものだったのです!(ぼくも実物を手にするまで知りませんでした。) その結果、本機を使うと何だか 電卓に上から目線で見下されているような感じがしてしまう(のは ぼくだけ)かも?

とまぁ、大人の事情はどうであれ、結果としては スマートかつユニークなデザイン、それこそ'60年代の SFテレビドラマに登場しそうな未来ガジェット(例: スタートレックの tricoder)感溢れる電卓で ぼくは大好きです。操作方法にややクセがあるので、 日常に使うとときどき計算間違えちゃうのがちょっと惜しいですが。

そんな本機は カシオミニ(1972) に遅れてシャープが市場投入した格安モデル EL-120(1973) とほぼ同時に発売されました。この当時の電卓の技術開発競争って すごかったんだなぁとしみじみ思います。

あ、そうそう。本機はその偉大さが認められて IEEEマイルストーンとして認定されています

ギャラリー

画面カバーを閉じたところ

画面カバーを閉じたところ

液晶画面

液晶画面

単三乾電池1本駆動!

単三乾電池1本駆動!

参考文献

  1. 増田泰士, 沢田和利, 中川豊「液晶ディスプレイ」電気化学, No. 11, pp. 549-556 (1974)