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住みやすさを創造する「建築環境工学」
工学部 建築学科 河野良坪教授
●「建築環境工学」とはどのような研究ですか?
住みやすい空間を創造するための環境について、空気・熱・光・音の4側面から考える学問です。河野研究室では、主に空気環境と熱環境、その次に光環境に関する研究を進めています。風の流れや温度変化、光の分布などをシミュレーション・実験・実測を元に分析することで、建物内が快適な住環境となるよう整えたり、街区や緑地など屋外での設計手法を考えたり、熱中症や火災などのリスク・災害への対策の実現を目指しています。 (図1)を見てください。これは、大阪府守口市のシンボルロード計画の環境性能評価と改善策を提案した時の資料です。風の流れを幾筋もの線(流線)で示し、速度の大小を色(赤色が風速大、青色が風速小)で表現しています。建物周りの風の流れはとても複雑です。
(図1)守口市シンボルロード計画の環境性能評価と改善策の提案 2016年度(岡山敏哉研究室と共同実施)
●どうやってこのような流れを把握することができるのでしょうか。
コンピューターを使って流体の運動方程式を解く「CFD解析(Computational Fluid Dynamics:数値流体力学)」を用いています。作業の手順を説明しましょう。
1) 計算する対象となる空間の「3Dモデル」を作成(図2)
(図2)3Dモデルの作成
2) 3Dモデルや空間を分割して「計算格子」を作成(図3)
(図3)計算格子の作成
3) 外気風などの条件を設定した上で、解析を実行(図4)
(図4)解析実行(流体の基礎方程式を解き、格子毎に速度や圧力を求める)
4) 解析結果から風の流れを可視化(動画1)
(動画1)流れの可視化
●計算格子という細かいマス目ごとの値を計算するのですね。
計算格子を細かくするほど風速分布を正確に算出することができますが、その代わりに計算時間がかかります。反対に格子を粗くすると風速分布を高速に算出できますが、精度は下がります。CFD解析を用いると、高層ビルの近くで生じる強風(ビル風)や、建物の密集した市街地での複雑な風の流れ(図5)などを把握でき、安全な歩行に向けた環境改善につながります。また、建物同士の配置や外壁上の開口位置が室内通風へどのように影響するかなどを調べることもでき、快適な家づくりにも役立ちます。
(図5)コンパクトシティ化に伴う駅周辺の歩行環境の改善に関する研究 2016年度(岡山敏哉研究室と共同実施)
●CFD解析は空気以外にも使えますか?
私は空気以外を対象に扱ったことはないですが、CFDは流体解析ですので、水の流れの予測にも使えます。また、熱や拡散物質(濃度)も一緒に計算することができますので、例えば、空調時の気流・温度予測にも用いることができます。実際の音楽ホールの設計の段階で温度を考慮して解析した例が(図6)です。冷気は重いため降下しやすく、そのため客席への影響が生じかねません。空調吹き出し口の位置や風速の違いによる気流の届き方や上下温度分布のでき方の違いについて、あらかじめ数値で検証したり、可視化で確認したりすることで空調設計での活用が可能です。また、IoTを活用した空調制御に生かすことも可能です。他にも、建物の窓や壁の断熱を強化することで、冬における暖房時の室温や、コールドドラフト(足元の冷たい気流)をどの程度改善できるのか、断熱改修の効果について事前検証することもできます。
●CFD解析の計算には何を使っているのですか?
河野研究室では、㈱アドバンスドナレッジ研究所が開発したCFD解析ソフト「FlowDesigner」を使用しています。さまざまな研究で活用する過程で、不具合・要望・提案などを開発元に伝え、定期的に意見交換をし、時には共同研究を行うなど、10年以上にわたり密接な協力関係を続けています。環境工学分野の知見や研究成果を実際の設計の現場で適用することが重要と考えており、建築家との共同プロジェクトや都市計画系研究室と共同研究を実施し、さまざまな環境シミュレーションや3D-CAD、GIS(地理情報システム)、プログラミング、GA(遺伝的アルゴリズム)などを駆使しながら、新たな課題発見や問題解決にも取り組んでいます。 建築の分野では形状を扱うため、3Dモデルとの連携が容易な「Grasshopper」(図7)をプログラム代わりに使用する機会も結構多いですね。(動画2)はGrasshopperを用いて某仮設展示場を対象に、直線で再現した日射を日除け(水平幕)でどのくらい遮蔽(しゃへい)できるかを検証した例です。
(図7)Grasshopperを用いた日射解析 (ゼミ内での練習解析)
(動画2)仮設展示場のファブリックファサード設計におけるシミュレーションの活用 2023年度(レビ設計室と共同研究) 図は水平幕による日射遮蔽効果の検証
●CFD解析により、さまざまなことが検証できるのですね。
こうした中で、CFD解析は風・熱・濃度以外の事象と組み合わせることもできます。例えば、エージェントシミュレーションと連動させることで火災時に煙から逃れて避難する行動の予測や(動画3)、通風と採光の両方に適した開口配置の最適化など、多くの活用展開が可能です。また、ビジュアル面で設計との親和性が高く、環境性能も重視される近年の建築設計のコンペで多用されることも多いですね。
(動画3)「地下街における火災発生時の煙流動と連携した避難計画に関する研究」 2021年度(岡山敏哉研究室と共同実施)図は煙からの非難行動に関するエージェントシミュレーション
建物や居室を対象にして、異なる条件で順解析(条件から結果を予測する通常の解析)的に空気の流れや温度分布を計算していくこともできますが、数学的手法を使って望ましい答えを得るにはどのような条件にすれば良いか、という逆の手順で導く方法もあります。これを逆解析と呼びます。例えば、「駅舎の近くに樹木を植えて強風を防止したい」場合、植える場所を決めて順番に計算して検討するのではなく、どの場所に植えたら風を強くさえぎることができるかをダイレクトに推定して、植える場所を決めるということです。(図8)は、駅舎の増築にあたり、この中に入る冷たい冬の西風を低減するためには、青で示される場所に植樹などをすれば効果的であろうという逆解析の結果例です。
(図8)風速低減を目的とした樹木の最適配置に関する設計手法の提案2013年度(㈱アドバンスドナレッジ研究所、レビ設計室、乾久美子建築設計事務所と共同実施)
●今後はどのような研究に取り組みたいと考えていますか?
近年は建築の分野においても深層学習の活用が増加しています。CFD解析にも深層学習を利用できるのではないかと研究を進めています。定番的な方法は、CFD解析を行わなくても風や温度の分布が予測できるといった方向の研究が既に行われています。例えば、建物の位置・形状を変更して配置した場合にどのような風速分布になるのかについて、あらかじめCFD解析を大量に行った結果を学習することで、学習とは多少異なる場合も含めて気流予測を瞬時に行うものです。研究室でも同様の観点から気流予測の結果画像を深層学習により生成することを試してみました(図9)。
(図9)深層学習を用いた建物周辺気流分布の画像生成 2021年度
深層学習は学習さえ完了すれば予測に要する時間はほとんどかからなくなるので、非常に大きなポテンシャルをもっていますが、どのような局面で役に立つのかについて、まだまだ未開の部分が多いです。研究室では建築環境工学の分野で深層学習の新たな使い方をいろいろと模索しております(動画4)。深層学習を活用した新たな逆問題もテーマの一つです。建築環境工学の分野では、年々新たな技術が登場していまして、トライしてみたいことが増える一方です。これからも更に研究を進めていきたいと思っています。
(動画4)深層学習を用いたCFD解析格子の開口部検出 2022年度図はYOLOv5を用いた開口部判定。CADモデル(上)と同じ位置に、計算格子(下)でも開口部が再現されているかを深層学習で判定する。
研究室の学生と談笑する河野教授(右奥)