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石油を作る微細藻類に遺伝子解析からアプローチ
工学部 環境工学科 河村耕史准教授
●研究室には、さまざまな緑色のボトルが並んでいますね。
私は「石油を作る微細藻類」と呼ばれている「ボツリオコッカス(ボツリオ)」について、遺伝子解析からアプローチする研究を進めています。気候変動対策として脱炭素を迫られている航空業界でSAF(持続可能な航空燃料)が使用されるなど、化石燃料に依存しない液体燃料の需要は高まっています。化石燃料はいずれ枯渇します。新しい代替燃料の開発に向けて、原料となる微細藻類は期待されているのです。
●藻が石油を作るのですか?
微細藻類は陸上植物の祖先となる生き物です。陸上植物と同じように光合成をして、エネルギーを作って生きています。陸上植物の中にはオリーブやパームヤシのように、種子に油をたくさん貯めるものがいます。種子を集めて絞ると植物油ができます。微細藻類の中にも油を作るものがいて、その1つがボツリオです。 ボツリオは緑色の単細胞藻類です。100個ほどの細胞が集まって群体を作っており、群体1つの大きさは0.1mmくらいです。試験管に入れて光を当てると、かろうじて粒として見ることができます(写真1)。 ボツリオは細胞と細胞の間に多量の油(炭化水素)を蓄積しています(写真2)。ほとんどの藻類が生産する油は植物系ですが、ボツリオの油は石油の主成分と同じ炭化水素であることから、「石油を作る微細藻類」と呼ばれています。ボツリオをスライドガラスに乗せ、カバーガラスの上から圧力をかけると細胞から油がにじみ出ます(動画)。
(写真1)微細なボツリオ。粒に見えるのが、100個ほどの細胞が集まった群体
(写真2)ボツリオの顕微鏡写真。薄い黄色の滴が油(炭化水素)
(動画)ボツリオの細胞から油がにじみ出る様子
●ボツリオはどのくらいの量の油を生産しますか?
培養条件によっては、全体重の50%以上の油を生産することができます。これは、一般の植物では考えられないほどの生産性です。パームヤシと比較すると、10~20倍になるともいわれています。しかし、ボツリオは微細です。1ℓの水中での培養なら、1日あたり生産できる油は最大で0.3g程度。燃料の実用化には、生産性の向上だけでなく大量培養も必要です。 ただ、ボツリオは微細藻類の中でも増えにくい藻なのです。細胞の数が倍になるには一般的な株で数日かかります。そこで、私の研究室では湖沼からボツリオの野生株を採取し、実験室にて同じ条件で培養して、増殖速度や油の生産速度を比べて優秀な株を探しています。 これまでに日本やインドネシアの200カ所ほどの湖沼を調査して、約1000株を見つけました。常時、200~300株を培養しています(写真3~5)。その中から、増殖速度が世界最速の株(ОIT–678株)を発見することができ、2021年に論文発表をしました。それまでは、細胞の数が2倍になる株は最速で1.4日でした。ОIT–678株は1.2日です。0.2日の違いをわずかと感じるかもしれません。しかし、1個の細胞の増え方を12日後で比較すると、1.4日の株が約500個になるのに対し、1.2日の株は約1000個と倍になるのです。
(写真3)インドネシア・ボルネオ島での採水調査=2017年
(写真4)湖沼から採取した株からクローンを作り、試験管で保存している
(写真5)研究室で培養中のボツリオ
●なぜ、ボツリオの研究を?
私は農学で学位を取得し、元々はバラの交配育種や遺伝子の研究をしていました。2011年に本学に着任したのを機に、環境工学科にふさわしい新たなテーマに取り組みたいと考えました。大学のそばに淀川があり、城北ワンドには多くの生物が生息しています。学内には浄水技術や水環境の専門家も多くいます。また、2011年3月に東日本大震災が起き、エネルギー問題が注目を集めたことから、油を作る微細藻類に関心が向きました。 ボツリオのおもしろさは、外観上が同じように見えても、遺伝子解析をすると株ごとに想像以上の多様性があることです。塩基配列から見ると、バラのさまざまな品種ごとの違いよりもはるかに大きな遺伝的多様性があり、バラとイチゴやリンゴ(いずれもバラ科)との違いより大きな塩基配列の違いがあるかもしれません。バラの研究から、花の色やトゲの有無など、植物の特徴にどの遺伝子が関与しているかを調べるには、手元に多くの素材を集めて比較することが大事だと学びました(写真6)。そこで、ボツリオについても多くの野生株を採取して調べています。特徴や進化の歴史を遺伝子レベルから解明し、効率的な生産方法の開発にもつなげたいと考えています。
(写真6)研究室ではバラの苗も育てており、四季咲き性やトゲの原因遺伝子に関する分子遺伝学的研究を進めている
●微細藻類は世界的に注目されていますか?
微細藻類を使ったバイオ燃料の研究は、2000年代初頭にかなり流行しました。当時は欧米で多くのベンチャー企業が設立され、研究や商業化に投資が集まりました。現在は、その時よりも熱気は冷めています。なぜなら、石油が非常に安価に流通しているからです。微細藻類を培養して油を作ると、おおむね1ℓあたり500~1000円近いコストがかかると試算されています。ガソリンは高値が続いていますが、それでも1ℓあたり100円台です。バイオ燃料の開発に手間暇かけてもコストに見合わないのです。
●藻が作る石油を産業化するには?
少なくともコスト面で化石燃料に対抗できるよう、油の生産速度を現在の5~10倍に向上させなければなりません。これを実現するには、培養技術の改良や、野生株の探索のような従来のアプローチだけでは不可能だと考えています。ゲノム編集技術など、遺伝子の面からその生物の持つ潜在性を最大限に引き出すための「分子育種」を行えば、ひょっとしたら、農作物で実現してきたような劇的な収量の向上が実現できるかもしれません。 世界中にボツリオの研究者がいますが、ほとんどは基準株を使った培養技術の研究をしています。私のように自然界から株を集め、生態を調べている研究者はあまりいません。増殖速度の高い株やその他の特色ある株を利用し、その遺伝子情報を解析しながら、なぜ自然界にこれほど大きな遺伝的多様性があるのか、また、どのような仕組みでボツリオは油を合成し分泌しているのかを解明していきたいと考えています。このようなボツリオの基礎生物学に関する科学的知見を蓄積していけば、やがてボツリオの油を燃料にする産業の実用化の道筋が見えてくるかもしれません。