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研究室VOICE 古美術に描かれた月や星を天文学から読み解く

工学部

Profile

工学部総合人間学系教室〔人文社会〕

松浦 清教授

松浦研究室

●古美術に描かれた月や星の分析に天文学を用いることがあるそうですね。

(図)三日月と二十七月。形は似ていても向きが違い、観望される時刻や方位が異なる。
 私は美術史を専門に研究しています。古美術に描かれた天体について、題名や解説に違和感を覚えることが少なくありません。二十七日月が描かれているのに題名に「三日月」となっているようなケースです。三日月と二十七日月の形は似ていますが向きが違います(図)
(写真1)原在明《山上月食図》(個人蔵)
 江戸時代後期の画家、原在明(はらざいめい)が描いた軸装絵画《山上月食図》(写真1)を見た時には、画題の「月食」に「本当だろうか?」と疑問を抱きました。研究の結果、月食ではなく「地球照(ちきゅうしょう)」であると結論づけました。(※ 地球照については、後ほど詳しい説明が出てきます)
 歴史的な遺産を正しく評価するには、絵画作品においても宗教や文学はもちろん、天文学、数学など幅広い知識が必要になると思います。私は当時の天体現象の裏付けを取るために天体シミュレーションソフトを使ったり、太陽や月、星の高度について三角関数等を用いて計算したりします。文系理系といった狭い学問領域を超え、総合的な知識を用いて探究していきたいと考えているのです。


●「月食」とされていた絵画を「地球照」とは、どのように明らかにしたのですか?

(写真2)原在明《山上月食図》(部分)
 《山上月食図》は、前景に低い丘陵、中景に高い山容を望み、その向こうに月が見えます。月は三日月のような形をしていますが、よく見ると、その内側にもう一つの円が闇に薄く浮かび上がるような表現になっています(写真2)
(写真3)地球照(2014年10月28日、自宅より松浦教授撮影)
 図の余白には詩が書かれていて、中国で天子の長寿を祝す『詩経(しきょう)』小雅(しょうが)「天保(てんぽう)」の一部だと判読しました。日本でも、宮中では日食や月食は「穢(けが)れ」とされていたので、この詩を読んで「本当に月食かな?」という思いを更に強くしました。
 その後、画面の薄暗い表現や、作者が描いた他の作品とも比較して、本図に描かれているのは月齢三日前後の月と考えるに至りました。月食のように見えるのは、月の輝いていない部分が薄暗く浮かび上がるような表現になっているためで、これは、地球で反射した太陽光が月の欠けた部分をうっすらと浮かび上がらせる地球照を表現していると判断したのです。地球照は、空気が澄んで月の高度が高くなる冬には、しばしば観察できる現象です(写真3)
 月食ではないと結論づけながらも、作者が月食を見た可能性について、古記録や天文シミュレーションソフトでも確認してみました。その結果、可能性のある月食としては4件見つかりましたが、月の見える位置や欠ける大きさと比較して、作品の描写とは異なると結論づけることができました。


●星に関する研究ではどのようなものがありますか?

(写真4)星曼荼羅(木版彩色)江戸時代(個人蔵)
 「星曼荼羅(ほしまんだら)」(写真4)について研究しています。
 曼荼羅は仏教絵画で、言葉で表すことが難しい密教の教えを図で説明したものです。目にする機会が多いのは、『大日経(だいにちきょう)』と『金剛頂経(こんごうちょうきょう)』という2つの経典を元に2つの世界観を示した2幅で1組の「両界曼荼羅(りょうかいまんだら)」です。これとは別に、目的と必要に応じて儀式で使われる「別尊曼荼羅(べっそんまんだら)」があり、その1つが星曼荼羅です。節分の儀式である星供(ほしく)における「北斗法」という修法(しゅほう)に用いられ、北斗七星を供養して延命や除災を祈願します。


●星曼荼羅について詳しく教えてください。

 星曼荼羅は平安時代中期の10世紀ごろに日本で誕生したと考えられています。方形と円形の2種類があり、いずれにも天空の星々が描かれています。現存最古の作例は12世紀のもので、方形は大阪府岸和田市の久米田寺、円形は奈良の法隆寺の所蔵品です。
 中央に「一字金輪仏頂尊(いちじきんりんぶっちょうそん)」という仏が描かれ、周囲に北斗七星と九曜星(くようせい)、黄道十二宮(こうどうじゅうにきゅう)、二十八宿(にじゅうはっしゅく)が描かれています。九曜星とは、太陽と月、5つの惑星(火星、水星、木星、金星、土星)、日食や月食に関係するとされる架空の天体「羅睺(らごう)」と「計都(けいと)」から成ります。計都は彗星であるとする説もあります。黄道十二宮は、太陽の通り道である黄道付近の12星座に基づき、黄道帯を12等分した領域です。基準となるこの12星座は、おひつじ座、おうし座などの西洋占星術でおなじみの星座です。二十八宿は、月の通り道である白道付近の28星座に基づく28の不等分領域です。1領域を「宿」に見立て、月が約28日かけて天空を一回りすると考えられていました。
 平安から鎌倉期の作例では、九曜の配置が方形ではほぼ同じなのに対して、円形ではいくつかのパターンに分かれています。惑星にどのような意味を持たせているのかを特定できれば、祈祷(きとう)の目的を明確にすることができると考えられ、解明に向けた考察を進めるためのデータベースを準備しています。
 星曼荼羅を支える経典の1つ『宿曜経(すくようきょう)』には、占星術に必要な出生日の曜日を求める計算式が縦書きの漢文で記されていました。星曼荼羅は天空の星々に関する当時の最先端の知識と技術が盛り込まれた作品でもあります。この研究を通して、科学と宗教をつなぐ美術の役割を探究したいと思っています。

●「天文文化学」という新たな学問分野を創設されているそうですね。

 天文現象は人々の生活や文化に密接に結びついた複合的な知識を生成させ、実用的な学問や文学や美術などの芸術にも広く取り入れられてきました。一方で、現代の学問としての天文学は専門的知識を持たない素人には難しく、一部の専門家の純粋に知的な興味の対象として特化してしまった面もあります。そこで文系と理系の垣根を越えて、人間の文化的活動に注目し、人々の探究心や想像力を歴史および科学的な視点から取り上げる異分野融合の研究として「天文文化学」を創設しました。

●具体的にはどのような活動をしているのでしょうか?

 本学の教員を中心とする科学研究費助成事業の研究メンバーは9人です。文系と理系それぞれの専門家がそろい、従来のフィールド調査や古文書調査に加え、画像解析や統計解析、数式計算、模型制作など幅広いアプローチを試みています。年に2回程度、研究発表の場として「天文文化研究会」を開催しており、リモートによる参加者を含めると現在の会員は約100人です。次回は12月の開催を予定しています。これまでの研究成果は『天文文化学序説—分野横断的にみる歴史と科学』(思文閣出版、2021年)と『天文文化学の視点 星を軸に文化を語る』(勉誠社、2024年)の2冊にまとめました。
・天文文化研究会のホームページは次のとおり
https://www.oit.ac.jp/labs/is/system/shinkai/tenmonbunka/workshop.html

 今後は、古典籍や美術品、工芸品、遺跡、数式なども含めて、天文に関係する多様な「天文文化データベース」を作成して共同研究を加速させ、研究基盤を堅牢なものにしたいと考えています。

★★★★★趣味の星景写真★★★★★

 松浦教授は星空と風景を一緒に写す「星景写真」の撮影を趣味としています。地上の風景の構図はもちろん、星空と風景の露出配分や星の昇る方角や時刻などさまざまな調整や工夫が必要で、撮影には高い技術が求められます。松浦教授が撮影した作品から3点を紹介します。
  • 自宅ベランダから見る鷲尾山鉄塔と有明の月(2024年5月30日、07:00)
  • 自宅ベランダから見る火星、土星とさそり座(2016年6月1日、22:00)
  • 奈良・興福寺中金堂跡から見る五重塔と木星(2014年9月23日秋分、05:00)