●鵜飼先生の研究室名は「流体制御研究室」です。固体、液体、気体という言葉にはなじみがあるのですが、「流体」とはどのようなものですか?
流体は液体と気体の総称です。流体は、さまざまな現象を通じて私たちの暮らしの中に関係しています。例えば、自転車で速く走りたい時に体を低くして抵抗を減らしたり、ホースの先を握って水を勢いよく飛ばしたり、濡れた服に風を当てて乾かしたりするなどで、無意識のうちに流体の特性を利用しています。
私が流体に興味を持ったのは大学生の時です。目には見えない流体の動きによって圧力や速度が変化することが不思議に思え、興味を持ちました。現在は、光の特性を利用して流体の動きを可視化することに面白さを感じ、研究に取り組んでいます。
●現在の研究テーマの一つに宇宙関連があるそうですね。
惑星探査で安全に軟着陸するための技術を開発しています。ソフトな着陸は、探査機そのものや搭載している機器の損傷を防ぐために重要です。
探査機は下降する時、着陸用エンジンを逆噴射します。惑星は非常に細かい砂(レゴリス)で覆われていて、噴出するガスが地表を侵食したり砂を巻き上げたりして、さまざまなトラブルの原因になります。地表が削れてクレーターが形成されると、段差によって探査機が転倒する恐れがあります。また、巻き上がる微細なほこりが精密機器に入り込むことで、不具合を引き起こす可能性もあります。
●着陸時にそんなリスクがあるのですね。
噴出するガスが地表の砂を周囲に飛散させる現象を「PSI(Plume-Surface Interaction)」と呼びます。近年、PSI研究が注目され、ここ数年で論文発表数が急激に増えています。
背景には世界的に宇宙開発が活発化していることが挙げられます。米国が主導し、アポロ計画以来の月面への有人着陸や長期滞在による月探査を目指す「アルテミス計画」には、日本も宇宙航空研究開発機構(JAXA)を中心に参画しています。有人探査は信頼性や安全性の基準がより厳格になるため、PSIにも関心が高くなっているのです。
私たちの研究室では、JAXAの支援を受け、このPSIに関する基礎研究に取り組み、その成果を探査機設計に活用することを目指しています。また、こうした知見を基に、安全な軟着陸技術の開発にも取り組んでいます。
●具体的には、どのような技術ですか?
「着陸用エンジンの噴流に側面から別の噴流を衝突させ、流れの構造を変化させることで地表に向かう噴流を弱める」研究です。ヒントになったのが、航空機エンジンの排気にガスを噴射し、流れを変化させて騒音を低減する技術でした。
私たちの実験を動画で説明します(動画)。左側の映像が着陸用エンジンの通常の噴流です。エンジンから高速で噴き出すガスが周囲の大気を圧縮して、「衝撃波セル」というダイヤモンド模様のような圧力構造ができています。このメイン噴流に、側面から別の噴流を衝突させた様子が右側の映像です。噴流同士が干渉して、衝撃波セルが崩壊して長さが短くなっています。この実験を、火星環境下を模して行ったところ、メイン噴流による地面への衝突圧力を約90%低減することができました。また、惑星の砂を模した粉体を使った実験では、クレーターの斜面がなだらかになることが分かり、着陸時の転倒リスクの低減も期待できます(写真1、2、図)。
(動画:光の屈折を利用して噴流を可視化した映像。左が通常の噴流で、ダイヤモンド模様のような圧力構造が見える。右が別の噴流を側面から衝突させた様子。噴流が崩壊して衝撃波セルが短くなっているのが分かる)
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(写真1:メイン噴流に別の噴流を干渉させるための実験装置) -
(写真2:模擬の惑星の砂として実験で使う数十ミクロンサイズの中空ガラス球。サラサラとしていて、風圧を受けると簡単にくぼむ)
(図:噴流により生じるクレーターの深さを色で示した。通常の噴流が衝突した時㊧に比べて、噴流同士が干渉したものは等高線が緩やかに広がり斜面がなだらかになった㊨)
●火星環境を模した実験ができるのですか?
共同で研究を進めているイギリス・グラスゴー大の大型真空装置(写真3)を使い、火星の大気圧の環境を再現しています。総容量約82 m³の装置内で噴流を砂に衝突させ、装置外側からカメラやレーザー光源などの特殊な計測機器を用いて、砂の拡散速度や角度を計測しています。実は、この装置は私が2015年~2017年に欧州連合(EU)の研究支援制度「マリーキュリー・アクション(MSCA)」のフェローとして、グラスゴー大で研究していた時に概念設計したものです。
火星では大気圧が地球の約0.6%しかありません。この環境では、エンジン噴流による衝撃波セルの長さが地球の5倍以上にも達するとの研究報告があり、着陸時にはかなりの高度から地表を侵食することが考えられます。過去の探査機の軟着陸では、高度約46 mで侵食が始まったという報告もあります。つまり、高い高度から侵食が始まり、着陸するまでの長い時間にわたってPSIの影響が続くことになります。我々が取り組んでいる噴流同士を干渉させる技術は、衝撃波セルを短縮することが可能であり、PSIの影響が及ぶ時間を短縮できると期待しています。この技術により安全な軟着陸を実現し、将来の火星探査に役立てることを目指して研究を進めています。
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(写真3:イギリス・グラスゴー大の大型真空装置)
●鵜飼先生が研究で大切にしていること、学生指導で心掛けていることを教えてください。
研究では、面白い結果が出なかったとしても、新しいことが分かった時には論文や学会などを通じて、情報発信することを大切にしています。自分にとっては小さな成果であったとしても、異なる分野の研究者の参考になり、新たな発見につながるかもしれないからです。また、国を超えた研究者のつながりが重要だと考え、積極的に国外の研究者とも共同研究を進めています。
学生にはそれぞれの資質を大切にしながら、研究活動を通じてスキルアップできるような指導をしています。国内外の研究者と議論を交わし、論理的かつ国際的な思考力も身につけてもらいたいと思っています。



